熱愛発覚のスキャンダルから、ドロドロの権力闘争まで、元局アナ部長が、“ダーク・サイド”を描く!

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/7

全力でアナウンサーしています。』
全力でアナウンサーしています。』(吉川圭三/文藝春秋)

 会社員でありながら芸能人でもある――以前、ラジオ・パーソナリティでコラムニストのジェーン・スー氏が女子アナについてそう形容していた。確かに彼女たちは、大手の企業に守られながらも、お笑いタレントからスポーツ選手、ジャーナリストまで、様々な職種の人たちと共演する。華やいだ世界の人々という印象を持っている方も多いだろう。

 だが、彼女たちがそんな日常をのうのうと享受しているわけではないことは、吉川圭三氏の『全力でアナウンサーしています。』(文藝春秋)を読めばよく分かる。自分で出演する番組は選べず、ニュース速報から食レポまで体当たりで挑戦する女子アナたち。たとえ人気があっても、フリーになったらなったでその実力が試される。著者の吉川氏が、大手テレビ局でアナウンス部長を務めていたからだろう。細部にまでリアリティが宿った描写も数多い。

 テレビ局を舞台にした本書の主軸となるのは、女子アナ同士の足の引っ張り合い、男性とのスキャンダル、炎上騒ぎ、派閥闘争など。いわば、アナウンサーのダーク・サイドに焦点を絞った小説だ。女子アナ版『半沢直樹』と呼びたくなる展開も設けられている。帯に人気女子アナだった永井美奈子氏が「地味な職業をここまでエンタメにするなんて」と書いているが、実に的を射たコメントである。

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 まず、登場する女子アナのキャラが立っている。社内外の人脈が豊富で「女帝」と呼ばれる真北千沙、帰国子女でアナウンサーとしての責務に悩む窪田エレーヌ、舞台となるテレビ局で最も人気がある櫻井亜紀。著者はこれらのキャラクターをあえて善悪二元論的な構図で書き分けているようだ。陰でテレビ局を操って敵対勢力を排除してゆく真北らと、それを暴き公正な番組づくりを提唱する櫻井ら――。敵と味方が明確に分けられているので、永井氏の言うように「エンタメ」として面白く読めるのである。

 また、視聴率を取るためながらなんでもやる、というテレビ局の風潮が戯画的に描出されている。例えば、若手女子アナの山里紅緒が生放送中に居眠りをしてしまうと、番組制作サイドはあえて彼女にカメラを向ける。その動画はSNSやYouTubeであっという間に拡散され、奇しくも山里は人気者に。女子アナの失態までも視聴者にさらけ出すやり口は、その後もどんどんエスカレートしてゆく。

 また、女子アナの働き方についてもアクチュアルで示唆に富む部分がある。テレビ局が未だに男性優位社会であることはある程度想像できるが、本書ではそれを裏づける具体的なエピソードも記されている。特に、結婚・出産を経て職場復帰した女子アナの苦悩や、産後うつで命を失ってしまう女性たちの辛さがクリアに描かれている。「女性アナ定年30歳説」とされていたのは過去のことだが、今、それが一掃されたとは思えない。

 本書の裏テーマである女性の働きづらさは根深い問題である。無論、テレビ業界のみならず、どんな職場でも女性が体験していることであり、その意味では、本書は非常に普遍的なテーマに斬りこんだ小説だと言えるだろう。

文=土佐有明

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