初音ミクは“多様性”の到来を占っていた? 東大の人気講義が書籍に! ボーカロイド文化から考える現代社会

文芸・カルチャー

更新日:2022/8/4

東京大学「ボーカロイド音楽論」講義
東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(鮎川ぱて/文藝春秋)

 米津玄師、YOASOBIのAyase…。昨今のヒットチャートを彩るアーティストたちには、音声合成技術“ボーカロイド”を駆使して作曲を手がける“ボカロP”出身という共通点がある。

 初音ミクの登場で一気に浸透したボーカロイドの文化は、音楽業界の流れを変えた。その歴史をたどり、ボーカロイド音楽の真髄を考察する書籍が『東京大学「ボーカロイド音楽論」講義』(鮎川ぱて/文藝春秋)だ。著者の鮎川氏は自身も“ボカロP”の肩書きを持つ研究者で、世界で初めてボーカロイド音楽論をテーマにした講義「ぱてゼミ」を2016年に開講した人物だ。

 鮎川氏の著書を見ると、ボーカロイド音楽からは音楽ないし現代に生きる人びとの“本質”が垣間見えてくる。

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 ときには学生とのディスカッションも交えながら、講義形式で展開する本書。「アンチ・セクシュアル」をテーマに、かつて“ボカロP”ハチ名義で活動していた米津玄師、2019年4月に惜しまれつつも急逝したロックバンド・ヒトリエのヴォーカルであるwowakaら、“ボカロP”出身者の名前や彼らの手がけた実際の楽曲も取り上げながら、ボーカロイド音楽を取り巻く現代社会を俯瞰する。

 本書のねらいは、ボーカロイド音楽を通して「常識」を見つめ直すことだ。例えば、著者による初音ミクに対する考察を読むと、彼女の存在が個性を尊重する現代の“多様性”にもつながっていたと気が付く。

 著者は、初音ミクについて「徹底的に対他的である」と論じる。「緑髪のツインテール」に象徴される彼女の姿に正解はない。二次創作界隈をはじめ、絵師の想像力にもとづき髪色や髪型が変えられることもある。

 初音ミクは、彼女を“想像”するユーザー自身が「あるミクを存在させているとき、ほかの人も同時に別のミクを表現して存在させることができる」と主張する著者。これに関連して、ネット上では「分祀分霊ができる神道の神のイメージに近いのである」という言説もあるという。

 そこからさらに追究する著者は、初音ミクが「同時に複数の個体になりうるし、それぞれに別のあり方を人が想像しても、ミクという概念はそれらをすべて許容することができる」と述べる。ただ、これは何も彼女に限った話ではない。現代では、誰もが「自分を分割する」という感性を持っている。

 例えば、ツイッターなどのSNS上では、2つ以上のアカウントを使い分ける人もいる。10年以上前、初音ミクにより広まったボーカロイド音楽界隈では当たり前であった“分割”の文化は、今や、多くの人たちにも浸透している。「最初から全部を明かせということに抵抗のある人は増えているはず」と説く著者は「相手がその人の望むように自分を分割していることを尊重するのは、新しい時代のマナー」だと主張する。

 ボーカロイド音楽は「作家たちが作り上げる作品を、あなたが聴いて感じとる、というところにこそ存在する」と、著者は述べる。ただ、その界隈の文化を中心に論考をまとめた本書は、音楽の解説書ではない。ボーカロイド音楽を通して、世の中にある「生きることはこうあるべきだとか、この世界に潜在する、人を一定の方向に誘導しようとする力」から、読者を「脱出」させることこそが、本書の真の役割になっている。

文=カネコシュウヘイ

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