“魚屋の森さん”の言葉に参考にしたい仕事のヒントがある

ビジネス

公開日:2022/8/15

共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得
共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得』(森朝奈/KADOKAWA)

 大手IT企業から家業である魚屋の2代目に。フィールドが全く違う業界ながら、自分の居場所を見つけて、社内外の“共感”を得ることで、現在では27万人以上(「魚屋の森さん」のYouTubeチャンネル登録者)の“ファン”を獲得している。

「魚屋の森さん」としてYouTubeで話題の森朝奈氏の書籍『共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得』(KADOKAWA)を紹介する。

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家業だからこそ大事な“自分の居場所”

 朝奈氏の実家は、町の魚屋さんからスタートし、鮮魚小売店の業態をベースに飲食店13店舗を運営している、創業40年の寿商店。現在、朝奈氏は同社の常務取締役を務めている。

「家業だから、いずれその子どもが社長になる」という考えは、現代表である父親の嶢至(たかし)氏にも朝奈氏本人にも全くなかった。ただ、朝奈氏には幼少時から人一倍家業に対する思いがあったのも事実。それを表すかのように小学校の卒業アルバムの将来の夢には「親のあとつぎ」と書いている。

朝奈氏の卒業アルバム
朝奈氏の卒業アルバム

 その後、朝奈氏は人生の節目ごとに、家業のことを考えて決定をしてきた。大学進学の際は大好きな美術を職業にしようと美大進学も検討したが、結局は「魚屋を継ぐ」ことを考えて“商売”を学べる大学を選択。

 就職の際は、「実際に『寿商店』という会社を継ぐ際に何が必要なのか、私に何ができれば家族に喜んでもらえるのか」を考えて「マネジメントやITの知識」を学ぶことができるIT企業を選ぶ。

 この時点から、朝奈氏の中では“家業だから自分がやって当然”という「父に守られた娘」ではなく、“自分の居場所”や“存在価値”を持った上で「会社の戦力として入社」する覚悟ができていた。

受け手だけでなく発信側の“共感”も大事に

 嶢至氏の体調不良で予定よりも早くIT企業を辞めることになった朝奈氏は、「紫色の便せん2枚に、びっしり」寿商店への思いを綴った「入社願い」を嶢至氏に宛てしたためる。

 嶢至氏の反応は「OK」でも「ダメ」でもなかったという朝奈氏だが、数年後、その入社願いを嶢至氏が「ずっと財布に入れて持ち歩いていた」ということを知ったそうだ。

森朝奈氏、父親の嶢至氏
今では朝奈氏は父親の嶢至(たかし)氏とともに仕入れも行う

 寿商店で朝奈氏がまず発揮したのが、IT企業で学んだITのスキル。SNS全盛の時代、朝奈氏が大事にしたのは、本書のタイトルにもなっている“共感”。“受け手”だけでなく、「担当者が自身の投稿に共感できなければ、続かない」と、社内スタッフの“共感”も大事にした。

ターゲットを絞ることでより思いが伝わる発信を生む

 SNSでの発信をする上で、朝奈氏は“共感”を呼びたい人を絞っていく。それは、不特定多数ではなく、寿商店のリピーター。理由は「魚屋としての寿商店の姿勢に共感」してもらえる可能性が高いということと、朝奈氏曰く「登録者数などの数字が気にならなくなりました」ということが大きい。

森朝奈氏
「企業のSNSは『トライ&エラー』が大切」で「『自社流』の方法を探る」ことが大事だと訴える

 数字的なプレッシャーから解放されたことで、「本当に伝えたい内容を発信」できることにつながり、「もっと魚に興味をもってほしい」「もっと魚を好きになってほしい」という朝奈氏の思いが、よりストレートに伝わることになり、受け手にもそれがより鮮明に伝わるのだろう。

 この考え方は“数字偏重”になりがちなSNSの情報発信に対して、重要な視点を提案してくれている。特に、中小規模の小売店やサービス業の人たちに参考になりそうな事例が数多く紹介されている点も貴重だ。

大事なのは個人の力ではなくチーム力

 SNSの情報発信を一例に挙げたが、朝奈氏は会社の「穴」を見つけることを進めていく。創業40年以上がたった会社にある“穴”は、「(その業務を)できる人間が社内にいない」ということ。その業務を探し、こなそうと決意する。

森朝奈氏
包丁さばきも見事!

 この考えで社内の業務をさまざまこなす朝奈氏は「『やりたいこと』ではなく会社にとって『必要なこと』をする、と気持ちを切りかえたことで、するべき仕事が見えてきた」という。

 これが朝奈氏のモチベーションになっているが、彼女が違うのは、ここで止まらないところ。「私がつくるべきなのは、『自分のファン』ではなく『会社のファン』」と認識して、「会社」として仕事を動かしていくために「チームで回せる仕組みづくり」に力を入れていく。

 その際、朝奈氏が大事にしているのが、「なぜですか?」「教えてください」「任せます」の3つのフレーズ。朝奈氏のチームビルディングの過程も、ぜひ参考にしたい。

巻末には“魚愛”が感じられるレシピ&絵本も掲載

 巻末には、「もっと魚に興味をもってほしい。もっと魚を好きになってほしい!」という朝奈氏の思いが込められた13品の「Specialレシピ」、朝奈氏の妹・花波(かなみ)氏が子どもたちに魚の素晴らしさを伝えるために考えた『おじいちゃんの魔法の手』を絵本作家・永井みさえさんがイラストを添えた小さな絵本も掲載。

共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得
「お魚をおいしく食べるためには、食材に合った調理方法を知っておくことも大切」という朝奈氏

共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得
花波氏は子を持つ母親の視点から魚のPRを積極的に行う

文=繁田謙

著者プロフィール
森朝奈
愛知県名古屋市出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、楽天(現・楽天グループ)へ入社。その後、父が創業した、鮮度抜群の魚介が地元で評判の寿商店に24歳で入社する。魚好きが集える場所としてのYouTubeチャンネル「魚屋の森さん」などのSNSや、ファミリーサロンの運営を行い、魚食と水産業のファン拡大に努める。

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