音楽と真摯に向き合うが故の葛藤…芥川賞作家・高橋弘希の新境地、圧巻のバンド小説

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/13

音楽が鳴りやんだら
音楽が鳴りやんだら』(高橋弘希/文藝春秋)

 音楽は奇跡だ。突き詰めれば突き詰めるほど、正解はどんどん分からなくなる。音楽を生業とする者たちは、常にそんな悩みを抱え続けているのだろうか。

音楽が鳴りやんだら』(高橋弘希/文藝春秋)は、『送り火』(高橋弘希/文藝春秋)で第159回芥川賞を受賞した高橋弘希さんによるバンド小説。一度ページをめくれば、あまりに危うい青年の姿、そして、個性豊かなバンドメンバーたちから、目が離せなくなってしまう。

 主人公は、作詞・作曲の才能に恵まれた21歳の福田葵。彼は幼馴染3人とともに「Thursday Night Music Club」、通称・サーズデイというバンドを組んでいる。数年活動を続けてきた彼らはとうとう大手レコード会社の目に留まった。しかし、プロデューサーの中田から言い渡されたデビューの条件は、ベーシスト・啓介を入れ替えること。契約を見送ろうとする葵に、中田は新たにバンドに加入させたいという天才的なベーシスト・朱音の演奏を聴かせ、追い打ちをかけるように葵に声をかける。

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「君が本気で音楽をやりたいのなら、代償を払うべきだ。君には音楽の才がある。代償を恐れて自分で才能の芽を潰すことは、音楽への裏切りにもならないか」

 そして葵は啓介のクビを決意し、サーズデイはメジャーデビューを果たすが…。

 実在するバンドの変遷を追うようなリアリティは息をつかせる暇も与えない。一気にスターダムにのし上がっていく彼らの姿は、まるで、ドキュメンタリー。葵だけでなく、サーズデイのメンバーやその関係者の生い立ちや思いが明かされるにつれて、物語は疾走感を増していく。特に、独特の感性で音楽を紡ぎ上げていく葵と、クラシックが持つ繊細さとロックが持つ暴力性を表現できるベーシスト・朱音、2つの才能の協奏には誰もが興奮させられるだろう。

 だが、物語は読む者の胸を苦しくもさせる。音楽の神はどうしてこんなにも残酷なのだろうか。メジャーデビューを果たしたサーズデイはすぐに注目を集めるようになるが、数々の試練が待ち受けているのだ。そして、葵は次第に自身の姿に違和感を覚えるようになる。郊外で不自由なく育った凡庸な自分と、タワマンに住むロックバンドのフロントマンの自分。分割された自身をどうすればいいのか持て余す。凡庸な自分を捨て、ロックバンドのフロントマンたらんとする葵の姿に彼の恋人は不安を覗かせるが、確かに、彼のあまりの変貌ぶりには恐ろしささえ感じる。

 もしかしたら音楽には、近づき過ぎてはいけない領域、一度踏み込んだら二度と戻れなくなる領域というのが存在するのではないか。この作品を読むと、思わずそんなことを思ってしまう。だが、葵は突き詰めずにはいられない。最良の音楽を目指さずにはいられない。才能を持つが故、音楽を愛するが故の葛藤と狂気。それを追体験できるような圧巻のバンド小説はあなたの心をも震わせるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ

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