就活に失敗し、バイトとパチンコで食いつなぐ24歳…人生の“スランプ”も肯定してくれる『おかえり横道世之介』

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/16

おかえり横道世之介
おかえり横道世之介』(吉田修一/中央公論新社)

 将来を決めきれないモラトリアム期だけでなく、大人になりきった今も人生への迷いや焦りと共に生きている人も多いはずだ。「このままでいいのだろうか」というモヤモヤや将来への不安を抱えつつ、日々のやるべきことに追われている――『おかえり横道世之介』(吉田修一/中央公論新社)は、そんな毎日に疲れた人の心を、温かく包み込んでくれる作品だ。

 本書は、1980年代、進学で上京した18歳の主人公・横道世之介の1年を描いた、吉田修一氏の小説『横道世之介』の続編。周りに流されているようでマイペース、慎重だけど、直感で行動する強さも持つ横道世之介は、彼を囲む人々だけでなく多くの読者に愛され、高良健吾主演の映画も感動を呼んだ。

 続編の世之介は24歳。大学を1年留年したせいで新卒採用の売り手市場に乗り遅れ、就活に失敗。池袋の歓楽街に住みアルバイトとパチンコで食いつなぎ、大学時代からの友人・コモロンこと小諸と、仕事後に居酒屋で落ち合う日々を過ごしている。そんな中、寿司職人を夢見る同世代の女性や、美しいヤンママ・桜子と幼い息子の亮太と出会う。東京オリンピックに沸く27年後に生きる未来の登場人物たちの物語を挟みながら、世之介と彼らの1年が綴られる。

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 前作に続き、目立った特技も華もないけれど、素直さと許容力で人を惹きつける世之介の魅力が溢れている。歓楽街での暮らしにも、元ヤンの兄とワイルドな父を擁する桜子の実家にも、すっと溶け込む世之介。女に暴力をふるう男を止めようとしたのに、女になじられる世之介。大切な人ができても、就職という落としどころに収まらない世之介。不器用で回り道ばかり、しかし彼が確かに周りの人々の人生の大切な一部を担っていることが、27年後の物語から伝わる。どんな人も受け入れる彼の優しさと、一見、人生のスランプのように見えるが笑顔に満ちた彼らの毎日が、悩める読者の人生をも肯定する。彼の生き方に触れた誰もが、うまく生きるのではなく、世之介のように善く生きることで、大切な人の人生に刻まれたいと願うだろう。

 世之介と彼を囲む人々が、順風満帆とは言えない日々の中でも、ゆるく支え合いながら楽しく生きている姿も感動的だ。助けたり、助けられたりという意識はなく、ただ一緒にいたくて横にいる、そんな得難い空気感が、人物の会話の描写から鮮やかに浮かび上がる。あちこちに話題が飛ぶ居酒屋でのとりとめのない友人との会話。桜子との初ドライブで行った横浜で、他人のカップルに勝手にアテレコするやりとり。桜子の実家で過ごす、幼子のいる穏やかな日々。世之介が行く先々で得る居心地のいい空間に、こんな場所を手にする人生こそが尊いのだろうと感じる。お金や成果など、目に見える形での満足を得ようとして疲れている人に、大切な人がただ隣にいることの幸福を、横道世之介は教えてくれる。

 世之介たちの日常だけでなく、東京オリンピックや、過去を背負って生きる桜子の兄の物語など、前作以上にドラマティックなエピソードも描かれていて、涙を誘う。なお現在著者は、30代の横道世之介を描く『永遠と横道世之介』を毎日新聞で連載中。それぞれの年代ならではの人生の機微を描くこれらの3編を通して、横道世之介の生きざまをじっくり味わってみてはいかがだろうか。

文=川辺美希

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