フランスで27万部の売上! 自然派ワイン醸造家と漫画家は、分かり合えるのか? 実録マンガ『ワイン知らず、マンガ知らず』

マンガ

公開日:2022/8/20

ワイン知らず、マンガ知らず
ワイン知らず、マンガ知らず』(エティエンヌ・ダヴォドー:著、大西愛子:訳/サウザンブックス)

 本国フランスでは累計27万部の売上を記録。クラウドファンディングで海外のマンガ作品を翻訳出版するレーベル「サウザンコミックス」から多くの支援者によって出版された、エティエンヌ・ダヴォドー氏の『ワイン知らず、マンガ知らず』(大西愛子:訳/サウザンブックス)は、一風変わったドキュメンタリー作品だ。

 著者であるバンドデシネ(フランス語圏のマンガ)作家のエティエンヌが、「ビオディナミ農法」と呼ばれる自然農法でワインを生産するヴィニュロン(ブドウ栽培から醸造、時には小売りまで担うワイン生産者)のリシャール・ルロワのもとでワイン作りを学び、片やリシャールはエティエンヌからバンドデシネについて学ぶという、異業種間の相互理解と交流を描いたのが本書。

 マンガ家とワイン生産者という、一見すると仕事観や仕事内容はまったく違うように思える職種だが、2人の交わす豊かな言葉の数々から2人がとても共通点の多い“作家”であることを読者は感じるだろう。

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 例えば、ワイン生産者のリシャールはブドウの栽培から剪定、収穫、醸造、樽選びや出荷前の瓶詰めまでほぼ一人で行っていて、そこに他者が介入することはほとんどない。一方のエティエンヌはというと…

“人生の1年半かそれ以上の時間をささげてきてるんだ。絵、色、全部この手で描いた。それがぼくの仕事だ。印刷所の人たちはそこに介入してくる最初の人たちで、彼らの仕事が決定的なものになる。だから自分で校了とサインをしたいんだ”

 と、様々な人々が関わることで本が出来上がるからこそ、自ら校了のサインをすることに彼はこだわる。

 エティエンヌのこだわりに対する「よくわかるよ」というリシャールのシンプルなひと言から、2人が“作家”として通じ合っていることを感じる。

 そしてタイトルにもなっている「知らず」という言葉が本書の大きなテーマとなっている(フランス語の原題である「Les ignornants (– Récit d’une initiation croisée)」の直訳は「無知なる者たち」)。

 エティエンヌはワインのテイスティングで数百ユーロもする高級ワインであるということを“知らず”、「これはあんまりだな」と話す。そんな彼の「無知」だからこその発言をリシャールは面白がる。

 またリシャールも、エティエンヌから勧められたバンドデシネを読み続けるのだが、世界的に有名なバンドデシネ作家「メビウス(ジャン・ジロー)」の作品について「ダメだな」と受け付けない。「無知」はとてもポジティブなことであり、「知らない」ことはとても大切な感性であることに気づかせてくれる。

 また、リシャールがワイン作りに取り入れている「ビオディナミ農法」について、エティエンヌは、事細かにマンガに描き起こしていく。それはどこか神秘主義的で、科学的根拠は希薄に思えてくるものの、リシャール曰くワインの出来を大きく左右する農法だという。エティエンヌの「ビオディナミってずいぶん主観的なもんなんだな」という言葉に、リシャールは「でもワインはすべてが主観的なもんだぜ」と返す。

『ワイン知らず、マンガ知らず』では、バンドデシネ作家とワイン生産者、2人の会話がまるで哲学者や芸術家のような深く豊かな響きをもって紡がれる。その言葉の数々はとても美しく、感動的ですらあるのだ。

文=すずきたけし

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