あなたの“人間観”を磨く本! 「人間らしさとは何か」を探求する、人類学講義が面白い!

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/31

人間らしさとは何か 生きる意味をさぐる人類学講義
人間らしさとは何か 生きる意味をさぐる人類学講義』(海部陽介/河出書房新社)

 笑ったり泣いたり、誰かに恋をしたと思えば嫉妬して、縁もゆかりもない人を助けたり蔑んだり、面倒くさい自己承認欲求を持て余したり、本や映画や音楽やダンスを楽しみ、空気を震わせたり紙に書きつけるなどして言葉で意思疎通を図り、誰かが亡くなると悲しむなど、私たちは「生物」として生きる行為から少々外れたことを日々繰り返している。人類は、どうしてこんなことをしなくてはいけないのだろう?

 そんな難題に挑む『人間らしさとは何か 生きる意味をさぐる人類学講義』(海部陽介/河出書房新社)は、地球に人類が登場してどう進化していったのかについての最新知見を紹介し、少しずつ難題を解き明かしていく挑戦的な一冊だ。著者の海部陽介先生は旧石器人が黒潮を越えて南の島へと辿り着いたように、丸木舟で台湾から与那国島まで渡る実験航海「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を成功させた人類進化学者だ。その海部先生が長年様々な大学で行ってきた人類学の講義を再構成し、書籍化したのが本書だ。

 過去の偉人たちから現代の知の巨人まで、彼らが考えてきた人間論、哲学、生物人類学、霊長類学、考古学、化石形態学、集団遺伝学、文化人類学、歴史学、社会学、経済学、心理学など文理を問わない様々な学問の知識を総動員しながら講義を進め、ところどころで学生へ質問を投げかけていく構成になっている。その受け答えは本書の読者への問いかけとしても機能しているので、海部先生からの質問で一旦立ち止まって、自分なりにじっくりと考えることができる(海部先生からの問いに学生が答えられなかったものは「……」となっている)。動物はおおよそ生息域が決まっているのに、人類は地球上のどこにでもいること、人類はどこで誕生し、どうやって世界中へと広がっていったのか、類人猿、猿人、原人、旧人とホモ・サピエンスはどこが違っているのか、また現代の人類は「ホモ・サピエンス」という一種しかいないことなど、人類が誕生してからの進化が解説されていく。また各章の最後にはまとめがあるので、ポイントも理解しやすい。

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 私は本書を読み進めていて、ふと1999年公開の映画『マトリックス』で、仮想世界マトリックスを守る監視プログラムのエージェント・スミス(ヒューゴ・ウィーヴィング)が機械が支配する世界に抵抗する人類のモーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)に言ったセリフを思い出した。

私はこの仕事でちょっとした発見をした。それを教えてやろう。あれは私が、人類の分類を考えていたときだった。ふと気がついたんだが、人類は哺乳類ではない。この星に住む哺乳類たちは、どれも本能的に周りの環境と自然の均衡を発展させてきたが、君たち人類だけは違う。ある地域に入り込み、その数を増殖する。またたく間に増殖して、すべての資源を使い尽くす。人類が唯一生き残る方法は、他の地域へ拡大することだ……それとそっくりなパターンで広がっていくものが、人類の他にもいるんだ。わかるかな? 「ウイルス」だ。つまり人類は病原菌なのだ。この星をずっと蝕んできたガンなのだ……我々が治療する。

 本書で説明されるが、ホモ・サピエンスは他の動物とは違い「技術」で様々な課題を解決する。それによって爆発的に人口を増やし、生息域を拡大してきた。しかし太古から自然環境に順応しながら進化してきたことは本書を読むとよくわかる。だが18世紀後半から19世紀の産業革命以降、大量消費社会を発展させ、有限な資源をガンガン使い、新たな地域へ拡大を続け、環境や自然を破壊をしてきたことは、エージェント・スミスの言う通りではないだろうか。

 700万年に及ぶ人類の進化についての講義を経て、最後の第8章「改めて人間らしさを考える――私たちはなぜわかり合えるのか」を読むと、私たちホモ・サピエンスひとりひとりが、自分が今生きている意味を考え、人間らしさとは何かを知ることが、世界を覆う様々な問題を解決し、よりよい未来を創生する鍵となることがよくわかるだろう。一見無駄に思える「人間らしさ」こそ、人類を救うのだ。

文=成田全(ナリタタモツ)

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