あなたの欲望をすべて叶えるロボットは「完璧な伴侶」になるのか? 21世紀の「人間性」のゆくえを考察した、グレーな近未来ガイド!

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公開日:2022/8/30

セックスロボットと人造肉
セックスロボットと人造肉 テクノロジーは性、食、生、死を“征服“できるか』(ジェニー・クリーマン:著、安藤貴子:翻訳/双葉社)

 今やすっかり日常の風景になったAIなど次々に新しいテクノロジーが生まれ、私たちの暮らしはどんどん便利になっていく。そんな進化を単純に喜ぶ一方で、その急速さを脅威に感じ、心の中でSF小説のようなディストピアを想像してしまう…こんなアンビバレンツな感覚は現代人の共有感覚かもしれない。今、テクノロジーの進化は「性」「食」「生」「死」という人間の根幹ともいえる領域にまで影響を及ぼしはじめているという。その現実を垣間見たとき、あなたの心はどう反応するだろう――さながらサイバーパンク小説のタイトルのような『セックスロボットと人造肉テクノロジーは性、食、生、死を“征服“できるか』(ジェニー・クリーマン:著、安藤貴子:翻訳/双葉社)は、そんなテクノロジーと倫理の間でゆらぐ「21世紀の人間性のゆくえ」に警鐘を鳴らす、興味深い一冊だ。

 たとえば以下の4つの命題をあなたならどう考えるだろうか。

●高性能AIを搭載し、あなたの欲望をすべて叶えるロボットは「完璧な伴侶」になりうるか?
●人工で培養した肉は動物たちの権利を守り、気候変動を防ぎ、地球を救うだろうか?
●妊娠も出産も、代理母すら必要ない人工子宮による生殖は本当に女性たちを社会的に救うのか?
●人間にとって「満たされた、完璧な死」とは何なのか……?

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 いきなり突きつけられると戸惑うかもしれないが、本書はこれらを検証していく手がかりとなる最先端の「現場」や「人々」を詳細にルポしてくれる。著者はイギリス人の女性ジャーナリスト。気鋭のドキュメンタリー製作者でもある彼女は、シリコンバレーの起業家たちをはじめとしたプレイヤーの虚実を5年にわたって現場取材し本書をまとめたという。

 たとえば本書が垣間見せてくれる現実は、AIの頭脳を搭載したセックスドール(等身大のリアルドール)開発の現場やその愛好家たちであり、畜産の限界地点とスタートアップ企業がひしめく培養肉の開発現場であり、代理母の現実や人工子宮開発の最前線であり、尊厳死システムを作り出す専門家やそれが「商売」にもなる現実であり…。

 性・食・生・死だけでなく、生命倫理、資本主義、フェミニズム、気候変動、管理社会、ウェルビーイング……さまざまなテーマが複雑に絡み合う現代社会において、技術の進化はこれまで以上に繊細に検討されるべきものだろう。しかも人間の根幹を扱う領域であればなおのこと、より慎重な配慮が必要なのは確実……と思いそうなところだが、実はテクノロジーを開発する「中の人」たちは、自らの行動を「善」と捉え、技術進化が生み出すかもしれない暗部は見て見ぬ振りをする。その落差は結構グロテスクだ。

 なお原書の刊行は2020年。2年前とはいえ、この時点でもテクノロジーの進化はかなりギョッとする勢いだが、「訳者あとがき」によればさらに現在はさらに技術の革新や普及が進んでいるとのこと(一例を挙げると、「培養肉」の開発現場には、今や日本の大手食品メーカーも参入している)。つまり本書が「それは本当にバラ色の未来なのか?」と疑問を呈する現実が、私たちが無自覚なうちにさらに進んでいるということでもある。

 果たしてこのまま未来を本当のディストピアにしてしまうのか否か――本書をヒントに、まずは一人ひとりが考えていくべきだろう。

文=荒井理恵

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