ハリウッドスターからSNSで連絡が…ロマンス詐欺で7500万円を失った“レディコミの女王”による驚きの実話

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更新日:2022/8/30

毒の恋
毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」』(井出智香恵/双葉社)

 ハリウッド俳優とSNSを通じて知り合いになり、メールをやりとりするうち、結婚することになった。なんて聞かされたら、どうかしちゃったんじゃないかと思うだろう。ましてや相手が70代の母親で、一緒に暮らすためにお金を振り込まなきゃと言われたら、やめろと全力で止めるだろう。けれど、他人のことなら冷静にジャッジできる嘘を、心の底から信じ込ませてしまう手練手管をもっているのが、詐欺師だ。『毒の恋 7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」』(双葉社)は、近年急増しているロマンス詐欺にお金を騙し取られたその一部始終を綴ったノンフィクションである。

 かつて“レディコミの女王”と呼ばれ、大英博物館のマンガ特集ではメインに作品が飾られたこともある井出智香恵さんは、ハリウッド映画『アベンジャーズ』で超人ハルクを演じるマーク・ラファロのファン。ラファロがTwitterに投稿するたび、娘さんに頼んで「いいね」を押していた。そんなある日、ラファロ本人からFacebookを通じてメッセージが届いたことから、2人のひそやかな恋が始まっていく……。

 冷静に考えれば、TwitterではなくFacebookを経由してきた時点で、ちょっとおかしい。それ以外にも、井出さんの語る経緯は、「ちょっとおかしい」ことのオンパレードで、たいていの読者は「自分なら絶対に引っかからない」と思うだろうことばかりだ。井出さん自身、途中で知人から指摘されて「これは詐欺ではないか」と疑い、メッセージのやりとりを中断している。それなのになぜ、最終的に7500万円も注ぎこむことになったのか。

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 誰にだって“報われたい”という思いがある。こんなに頑張ってきたのだから少しくらい、いいことが起きてくれないかな。そんな程度の、些細な夢だ。暴力をふるい稼ぎを奪う夫との離婚を経て、3人の子どもを育てながら、必死にマンガを描き続けてきた井出さんにとっては、残りの人生、誰かと穏やかに愛し愛される日々を送れたら、というのがそれだった。――ああ、やっと私も幸せになれる。そう思って、詐欺師のたらした糸をつかんでしまった井出さんを、愚かだと笑うことはできない。

 事が露見して詐欺だと指摘されてもなお〈当時の私は「真実を知っている自分」に「何もわかっていない娘」が突っかかってきていると本気で思っていました〉という一文に、はっとした。詐欺に引っかかる人たちも、陰謀論に傾倒する人たちも、たぶんみんな、孤独なのだ。時代はどんどん変わり、自分の価値観が通用しなくなり、肉体も衰えていくなかで、人生をふと振り返ってさみしさがこみあげる。騙す側は、そこに、つけこむ。“70歳のおばあちゃん”がマーク・ラファロに求婚してもらえるわけがないと、井出さんだって最初は、わかっていた。それでも「年齢なんて関係ない、あなたはそのままで素敵だ」と言ってくれる顔の見えない相手の言葉に、ほだされてしまう脆さが、自分にもないとは言いきれない。

 でも、強くあらねばならないのだ。何歳になっても。夢に飲み込まれず、厳しくても現実にそばにいる人たちの声に耳を傾ける強さを、もたねばならない。エンタメとして消費するのではなく、戒めとするために、本作に綴られる井出さんの言葉を、胸に刻みたい。

文=立花もも

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