生きづらさ、メンタル不調を感じたら…「大人の発達障害とグレーゾーン」を物語形式で教えてくれる1冊

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公開日:2022/9/1

「働きながら発達障害と上手に付き合う方法」を聞いてみました
リワーク専門の心療内科の先生に「働きながら発達障害と上手に付き合う方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也/日本実業出版社)

 イーロン・マスク氏や勝間和代氏など、自らの発達障害を公表する著名人は少なくない。しかし一般の人は、自分が感じる「生きづらさ」が、実は発達障害によるものだということを自覚するのはなかなか難しいのではないだろうか。ましてや、周囲の人の理解を得るなんてハードルが高すぎる…。

 しかし、もしあなたが発達障害っぽさや生きづらさを感じているのなら、早めに自分の特性を知り、周囲の理解を得ないことには、仕事や家庭でつらい思いをすることが増えていくかもしれない。

 リワーク専門の心療内科の先生である亀廣聡さんの新著『リワーク専門の心療内科の先生に「働きながら発達障害と上手に付き合う方法」を聞いてみました』(亀廣聡、夏川立也/日本実業出版社)によると、職場でのメンタル不調を生み出す大きな要因のひとつが“大人の発達障害”だという。そのまま放っておくとメンタル不調が続き、休職を繰り返すことにもなりかねないのだ。

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厚生労働省の調べによると、メンタル不調が原因で休職した人の中で、復職後5年以内に再発し休職することになった人は全体の47.1%。

 この数字が、メンタル不調の人が仕事を継続することの難しさを物語っている。しかし、対処法はある。著者が院長を務める「ボーボット・メディカル・クリニック」では、メンタル不調が原因で休職した人の復職後再発率ゼロ%を維持しているらしいのだ。

 本書には、大人になってから発達障害だと診断された人や、それを支えようとする周りの人たちが登場し、「ボーボット・メディカル・クリニック」に通いながら、それぞれの悩みと向き合う姿が物語として描かれている。実際の心療内科に受診するような感覚で「大人の発達障害とグレーゾーン」について知り、対処の仕方を知ることができる。

大人の発達障害とは

 このクリニックでADHD(不注意、多動性、衝動性などがある)の診断を受けたのは、29歳のIT企業勤務、勝善太朗。子どもの頃から成績が良く、スポーツも万能で、国立大学を卒業したエリート。頭の回転は速いが言語理解が弱く、相手の気持ちを汲めないところがある。これまで発達障害を自覚したことや周りから指摘されることはなかった。

 しかし、ここのところ妻との関係がギクシャクし、気持ちが沈みがち。お酒の量が増えるなど明らかに異常だという自覚があったため、“うつ病”を想定してクリニックを受診することになる。

 診療にあたるのは「鶴は千年、亀は万年の、精神科医、亀廣」と名乗る院長。眼光は鋭いが、白衣の下にはカジュアルなボーダーのTシャツを着て、ダジャレを連発するユニークな院長である。善太郎が瞬間的に“亀仙人”とあだ名をつけた院長は彼に、うつ病に対するある真実を投げかけた。

「うつというのは、病名ではなく、症状なんだよ」「その根本となる病気を特定して、それに合った治療を施す必要があるんだ」

 さらに亀仙人は、過去にクリニックを訪れた2000人の患者の中で、実際にうつ病だった人はわずか2人であり、「2人以外のほとんどがうつ病ではない病気だと診断され、その原因の多くが大人の発達障害だと診断されている」と続けている。

 つまり善太朗は、うつ病患者ではなく「抑うつ症状を示す人」だったのだ。亀仙人は次のように続けている。

「うつっぽいと自覚したときには、“うつ病”ではなく、抑うつ反応を示しやすい脳の構造をしていると思うべきなんだ」「“うつ脳”。考え方のクセと言ったほうがわかりやすいかもしれないね」

 そして亀仙人は、善太郎に発達障害の傾向があると診断した。ちなみに、発達障害には明確な線引きがないそうだ。これがいわゆる“グレーゾーン”で、要するに程度の問題であり、多くの人が発達障害っぽさを持っていることになる。何らかの“生きづらさ”を持った大人は全体の10%近くも存在するらしい。これだけ多くの人が“うつ脳”を抱えて生きていることになる。

周りの人たちも悩んでいる

 物語の中には、善太朗の言動に悩む妻の亜希子も登場する。周囲から見た発達障害のイメージや、家族や周囲の人が適切にサポートできる方法が紹介されていることも、本書の大きなポイントだ。

 忘れちゃいけないのは、本人の周りの人たちも同じように悩んでいるということだろう。たとえば、「発達障害の本人にやってはいけない接し方は?」という亜希子の問いに、亀仙人は次のように答えている。

「励ましてはいけないという言葉がひとり歩きしていますが、ただがんばれでは本人はどうすればいいのかわからない。だから具体的に何をどうがんばればいいのかを示すことが重要です。そこさえ押さえていただければ、基本的に特別な接し方をする必要はありません」

 発達障害の人の中には常識的なことができないことがあるため、周りの人がそれを埋めてあげることが大事であり、本人が周りの助言を受け入れるには、自身が発達障害だと自覚することが大切だと亀仙人は語る。つまり、「本人の自覚」と「周囲の理解」が、お互いの関係を良い方向へと導いていくというのだ。

薬に頼らず、抑うつ症状から抜け出す

「うつっぽい=自分は“うつ脳”なんだと考えるだけで、うつ病という言葉を駆逐して“抗うつ薬服用への誘導”を減らすことができると思うんだよな」

 うつ症状を訴える患者にすぐに薬を処方する医療機関が少なくない中、亀仙人は「薬に頼らない治療」を主張する。うつ病ではないのに薬を処方されることの怖さや、薬を服用している状態から抜け出す可能性についても、本書で知ることができる。

走りながら直し、直しながら走り続ける

「発達障害の人は、クセのある車に乗っているようなものだ」「でもコツさえつかめば、こんなに乗りやすくて楽しい相棒はいない」「あきらめなくていい。車も仕組みやクセを学べば乗りこなしていけるようになるし、愛着も湧く。走りながら直し、直しながら走り続ける、そんなイメージだ」

 発達障害は、病気ではない。しかし、世の中から見れば発達障害の人たちは少数派であり、今は少数派の人たちが生きづらい社会だと著者は訴える。しかし、発達障害を抱えた生きづらい人でも、仕事を継続し、人生を走り続けることはできるのだとも。

 ポジティブな多様性ばかりが発信される世の中で、著者は「ネガティブさを共有できる関係を築く」ことを提案している。大切なのは、“自分のトリセツ”を作り、周りからのサポートを恐れないことだと、心に留めておきたい。

 まずは自分の特性を自覚し、周りに伝えることで、何かが大きく変わるかもしれない。本書には発達障害の傾向のチェックリストも紹介されている。心穏やかな人生を送るためには何から始めたらいいのかを、本書で確認してみてほしい。

文=吉田あき

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