イケメン仏像にときめく? “仏像変態”が案内する、魅惑の仏像ワールド『仏ガール』

マンガ

公開日:2022/8/31

震える天秤
仏ガール』(柚ちえこ/KADOKAWA)

 それは学生時代の修学旅行だっただろうか。京都を訪れたぼくは、引率の教師に連れられてとある仏像を眺めていた。

「この仏像、すごいだろう? 感動するよな」

 教師はそう言ったものの、なんの知識も教養もなかったぼくは、口を半開きにし、ただただボケーっと目の前にある巨大な仏像を見上げていた。

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 どうしよう……、仏像をどう楽しめばいいのか、どこに感動すればいいのかわからない……。

 これが当時の率直な気持ちだ。仏像との出会い(?)がこのように非常に残念なものだったため、以後もぼくは仏像に関心を持つことはなかった。そして数十年が経ち、大人になった。やはり仏像とは、縁がない。……はずだったのだけれど、最近読んだマンガに影響され、ぼくはいま無性に仏像に会いに行きたくてウズウズしている。

 その作品が『仏ガール』(柚ちえこ/KADOKAWA)だ。本作は美術部顧問をしている江西真理(えにし・まり)と、悩める美術部員の高校生・城上彩(しろかみ・あや)のふたりが、とにかく仏像美術を鑑賞しまくる物語である。

 とはいえ、城上の立場はぼくに近い。彼女は寺にも仏像にも仏教絵画にも興味を持たず、「はっきり言ってつまんない」とさえ言ってのけてしまう。

仏ガール

 けれどそんな城上を仏像の世界へと引きずり込むのが、江西。彼女は「仏像変態」という二つ名を持ち、生活のすべてを仏像で彩っている。そしてその豊富な知識と意外な視点をもって、城上に仏像美術の楽しみ方を教えていく。しかも江西による解説がとにかく面白い! ともすれば、ちょっと硬めの勉強モードに偏ってしまってもおかしくない本作のテーマを巧みにコントロールし、仏像初心者の城上(そしてもちろん、読者)に仏像の楽しみ方をとてもとても低いハードルで教えてくれるのだ。

 たとえば、第2話に登場する、興福寺の「阿修羅像【八部衆】」。江西はこの阿修羅像を、年上童顔で、スレンダーな体型で、ファンクラブがある「イケメン」と称する。しかもご当地アイドル、とも。そこまで言われたら、会ってみたくもなるもの。そうして城上の目の前に現れたのが、イケメン仏像として名高い阿修羅像だった。これにはもちろん、城上もガッカリしてしまう。

仏ガール

 しかし、江西の補足説明により、城上は阿修羅像にどんどん惹かれていく。江西が教えてくれたのは、阿修羅像に秘められている熱いストーリーだ。

 東京での出張展示は94万人も動員したこと、かつて阿修羅は悪の戦闘神だったが、釈迦の教えにより改心し仏教を守る神になったこと、元は日輪と月輪という武器を持ち、日蝕月蝕を起こしたこと……。どれもこれもスケールが大きく、とにかく派手。しかしそのストーリーにどこかワクワクさせられてしまうのも事実だ。こうしたストーリーを知った上で、あらためて阿修羅像を鑑賞した城上は、こう呟く。

その物語を聞くと表情に憂いを感じますね

仏ガール

 なるほど。仏像というものはそのバックボーンを知ることで、楽しみ方が何十倍にも膨らむものなのかもしれない。こういったことをさり気なく本作は教えてくれる。

 また本作はそれだけでは終わらせない。回を重ねていくごとに美術部員たちの悩みが明らかになり、それを江西が解決してみせる。もちろん、仏像の知識と絡めて。つまり本作は「教養マンガ」でありつつも、10代が成長していくさまを描く「青春マンガ」とも言える。そのバランスが見事なため、あっという間に読み終えてしまった。そして気がつけば、「仏像に会いたい」という気持ちでいっぱいになっていたわけである。

 仏像にはまったく興味がない。そんな人にこそ、本作を読んでもらいたい。“食わず嫌い”でいた仏像の世界に、気がつけばハマっているはず。そこにあるのは、深い深い沼なのだ。

文=五十嵐 大

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