のちにレジェンドとなる昭和の若き漫画家たちを描いた『まんが道』。彼らの歩みが令和を生きる私たちに教えてくれること

マンガ

公開日:2022/9/21

まんが道
まんが道』(藤子不二雄(A)/小学館)

 2022年夏、懐かしいTVドラマを再放送していた。漫画家を目指して富山県高岡市から上京したふたりの青年の物語『まんが道』(藤子不二雄(A)/小学館)を原作にしたドラマである。1986年放送の作品なので映像はさすがに時代を感じさせるものだったが、若きクリエイターたちの青春と成長を描くストーリーには普遍的な魅力があると感じ、久しぶりに原作を読み返した。

 本作は藤子不二雄(A)氏の自伝的作品。今でいえばコミックエッセイといってもいいかもしれない。藤子不二雄(A)氏と、1987年まで「藤子不二雄」としてコンビを組んでいた藤子・F・不二雄氏をのぞき、登場人物の多くは実名。内容の多くもノンフィクションで、戦後日本漫画史の貴重な記録ともいえるだろう。後に一流となるクリエイターたちが共同生活を送る……昭和の時代に、実際にあった物語だ。


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成功と失敗を繰り返し“まんが道”を歩むふたり

 漫画を描くことが生きがいの高校生・満賀道雄(まがみちお)は、同じく漫画を描いている才野茂(さいのしげる)と出会った。ふたりは漫画の神様・手塚治虫を師と仰ぎ、合作で漫画を描くようになる。

 コンビを組んで見事にデビューをはたした彼らは、卒業後に地元で就職するものの、漫画一本でいくことを決意。上京し、若き漫画家たちが集うアパート・トキワ荘に入居する。満賀と才野は手塚先生をはじめ、同じ若手漫画家たちに大きな刺激を受ける。そして成長は加速していく。かくしてふたりは本格的な“まんが道”を歩み始めるのだ。

 高校生でデビューした彼らにはもちろん才能がある。ただ、はやる気持ちを抑え、一旦は就職して兼業漫画家になっている。気持ちを切らさずに二足のわらじで漫画を描き続けることはさぞかし大変だったことだろう。兼業であろうと、とにかく“描き続けられる”人が一流になるのだと思い知らされた。

 また創作者が読むと胃が痛くなるようなエピソードもある。上京して1年半で5本の連載を持つようになったふたりは、久しぶりに高岡市へ帰郷。くつろぐ彼らに、仕事の督促電報が次々に届く。すっかりネジがゆるんでしまった満賀と才野は、さっぱり描けなくなってしまったからだ。毎日机にむかっても原稿はズルズル遅れていくばかり。結果、複数の雑誌の原稿をまとめて落としてしまう……。

 この話は何度読んでも変な汗をかいてしまう。打ちひしがれる満賀と才野がここからどう再起するのか、ぜひ読んで確かめてもらいたい。

描かれるのは、昭和という時代と変わらない真理

 本作で印象深いのは、満賀たちが上京して住むことになったトキワ荘でのできごとだ。後のレジェンド漫画家たちが住むこのトキワ荘は、現代では希少となった四畳半の風呂なしアパート。炊事場、流し、トイレなどが共有スペースになっており、住人は自然と交流することになり仲を深めていくことになる。今でいうシェアハウスに近いかもしれない。

 そんなトキワ荘での暮らしで忘れてはいけないのは食事。藤子不二雄(A)氏の描く食べ物は、どれも実にリアルで美味しそうなのだ。代表的なのが、「テラさん」こと寺田ヒロオ氏が満賀と才野にごちそうしてくれた「フランスパンのメンチカツはさみ」だ。文字通りの代物なのだが、これを見て自作して「ンマーイ!」と叫んだことのある人は、私を含めてたくさんいるのではないだろうか。

 また登場するグルメで有名なのが、「松葉」のラーメンだ。漫画家たちがお金が入った時や、何かのお祝いの時などに食べるこの町中華のラーメンも、大変美味しそうに描かれていた。なおこの「松葉」は令和の今も健在で、多くの『まんが道』ファンが聖地巡礼で訪れている。

 本作はクリエイターたちの立身出世物語だ。ただ何より若者の青春群像劇である。今は同じ屋根の下で暮らしていても、いつか道を違えて離れていく者もいる。また登場人物全員が漫画家として大成するわけではないのだと、私たちは知ってもいる。トキワ荘で過ごした青春の日々は貴重で、だからこそ切なく、ぐっとくるのだ。

 私のように、ある程度の年齢の者にはあの頃の自分と重なるかもしれない。ちなみに私は20代の時、共同生活ではないが、木造アパートでつつましい生活をしていた。お金は無かったけれど、あれはあれで楽しかったが、本作を取り上げた理由は「昭和ノスタルジーが心地いい」と言いたいからではなく、何かを目指すことの真理が描かれているということである。

 トキワ荘の青年たちは必死に努力する。時には失敗し、そこから何とか立ち上がってまた努力する。“まんが道”は一歩ずつしか進めず、急げば転ぶようにできている。時間がかかるのが普通で、たとえ連載をつかんだとしても、やがて終わり、また改めて一歩を踏み出す。

 読者を楽しませる漫画というエンタメを生み出すのに、辛く苦しい思いもしなくてはならない。そこで重要なのは、自分が目指すものに対する情熱である。やがて人気漫画家になる彼らは、自分が信じた道にすべてをかけていたから歩みを止めなかった。

 漫画に限らず、何かを作り届ける道も情熱をもって地道に歩いていくしかない。本作は日本の漫画史の記録でありながら青春文学であり、人生の教科書である。これから道を踏み出そうとしている、本作を知らない若者たちにはぜひとも手に取ってもらいたい名著だ。

文=古林恭

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