打ち子詐欺、こじれた親子関係と遺言状の執行…新米弁護士が難儀な依頼を解決! 『花束は毒』の作者によるリーガルミステリ最新!

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/22

悲鳴だけ聞こえない
悲鳴だけ聞こえない』(織守きょうや/双葉社)

 リーガルミステリというジャンルをご存じだろうか?「リーガル=法律」が事件解決の鍵になるミステリ作品のことで、活躍するのも警察官や刑事ではなく弁護士や検事など法曹界の人物。ちょっと堅そう?――そんなイメージがある方には、『花束は毒』(文藝春秋)で大きな注目を集めたミステリ作家・織守きょうやさんの新作『悲鳴だけ聞こえない』(双葉社)をおすすめしたい。

 実は織守さんは元弁護士という異色のキャリアの持ち主で、いわゆる「街場」の弁護士が活躍する連作短編集なのだが、ここまでのリアリティと現場の体温が書けるのは、リアルを知っている者だからこそだろう。読み心地も実にさわやかな、心あたたまるヒューマン・ミステリとなっている。

 主人公は新米弁護士の木村。事務所の先輩である敏腕弁護士・高塚と共にさまざまな依頼に対応する日々を送っている。ある日、そんな2人のもとに寄せられたのは、顧問先企業の社長からの「パワハラ調査」の依頼。働きやすい職場を目指してがんばってきたのに、パワハラを訴える投書が寄せられひどくショックを受けているというのだ。パワハラ防止教育と社員の聞き取りを約束した木村と高塚だったが、実際に社員の声を聞いても、なぜかパワハラを見聞きした証言はあっても、苦しんでいる被害者の悲鳴だけ聞こえない――。(第一話「悲鳴だけ聞こえない」)

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 このほかテーマになるのは、打ち子詐欺(あるはずのないパチンコ必勝法を販売する詐欺)被害の弁償相談、こじれた親子関係と遺言状の執行、会社を倒産させた元社長一家の自己破産手続き…いわゆる「大きな事件」というより「身近なトラブル」の数々だ。生死にかかわるような大事件はないけれど、全体に「こういうの、いかにもありそうだなぁ…」という感じがするのは、なんだか隣人トラブルをこっそりのぞいているようで、好奇心が刺激される。

 ちなみに街場のトラブルがテーマなだけに、役に立ちそうな身近な法律知識が手に入るのも本作のミソだろう。特に「遺産相続」「遺言書」などは多くの人に当てはまることなので、こうしてエンタメ小説で追体験しておくと、いざという時に「あ、なんかこんなのあったな?」なんて役に立つかもしれない(しかも書いたのが元弁護士なのだから心強い!)。

 いかにも新人らしい一生懸命さで依頼人に寄り添う木村は、ちょっと不器用なその熱意がすがすがしいし、飄々とした風情の先輩・高塚はさりげなく強気でやり手。そんな凸凹バディものとしても楽しめる本作だが、実は木村&高塚弁護士シリーズとしては第三弾の作品でもある。この夏、双葉文庫から前の2冊が連続刊行されているのもうれしいニュースで(第一弾『黒野葉月は鳥籠で眠らない』が新装版として復刊、第二弾『301号室の聖者』は文庫化)、これから深まる秋の夜長、シリーズ3作を一気に楽しむのもおすすめだ。

文=荒井理恵

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