『君の顔では泣けない』著者待望の新刊は、“時間停止能力”を持つ少年の孤独を描いた青春小説

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/29

夜がうたた寝してる間に
夜がうたた寝してる間に』(君嶋彼方/KADOKAWA)

 第12回小説野性時代新人賞を受賞した『君の顔では泣けない』(KADOKAWA)で鮮烈なデビューを果たした君嶋彼方氏。大反響を呼んだ『君の顔では泣けない』は、「男女入れ替わり」というクラシックな題材に、ジェンダー問題など現代的な視座を絡めながら切り込んだ意欲作だった。そんな注目の新鋭が上梓した第2作『夜がうたた寝してる間に』(KADOKAWA)は、特殊能力をモチーフにしたエモーショナルな青春小説である。

 物語の舞台は、およそ1万人に1人が特殊能力を持って生まれてくる世界。特殊能力所持者の存在は社会的に受け入れられているものの、識別のために金色のバッジを身につけることが義務づけられ、能力者とその家族のみが居住できる特別支援地区も作られている。

 高校2年生の冴木旭は、父親から受け継いだ「時を止める」という力を持って生まれた少年だ。旭は能力者であっても普通の人たちの中で普通に暮らすことを望み、日々を無難に過ごせるよう、常に笑顔を顔に貼りつけ、周囲と同調しながら必死に生きている。だが学校で大量の机が窓から投げ捨てられる事件が起こり、能力者が犯人だと疑われてしまう。この学校に通う能力者は、「他人の心を読める」篠宮灯里と「瞬間移動ができる」我妻蒼馬と旭の3人だけ。旭はせっかく築いた自分の居場所が失われてしまうと危機感を覚え、真犯人を探し出そうとするが、同じ悩みを分かち合えると期待していた灯里と蒼馬すら非協力的だった。さらに新たな事件が発生し、旭はますます窮地に立たされていく――。

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 時を止めるという力を持っているせいで、異質な存在として扱われる旭は孤独感に苛まれている。特殊能力を持つという稀有な属性は、社会の中でマイノリティとして生きることを意味し、彼らは日々差別や偏見に曝されているのだ。周りから浮かないよう、疎まれないようもがき続ける旭の姿はどこか痛々しくもあるが、孤独に怯える彼の姿を笑うことはできないだろう。旭が抱える不安は、私たちにとっても身近かつ切実な問題なのである。

 旭の孤独と呼応するような、時を止めた夜の描写は、本作の大きな読みどころとなっている。例えば冒頭を飾る静謐な夜のシーン。すべてが停止した世界の中で、旭だけが動いているというSF的な魅力をたたえた場面は、読者を一気に物語世界へと引き込んでいく。しかし物語のクライマックスでは一転して、旭の熱い思いが炸裂する疾走感に満ちた場面に仕上がっており、「静」の印象が強い冒頭との対比が鮮やかだ。

 旭はさまざまな出来事を通じて、必死でもがきながら生きているのは自分だけではないと思い知る。持つ者に苦悩があるように、持たざる者にも葛藤があるのだ。当初は距離があった3人の能力者たちも、旭の働きかけで少しずつ近づき、ぶつかり合いながらも友情が生まれていく。繊細な若者たちの心理を瑞々しく描き出す作者の筆致は、今作でも健在だ。

 特殊な設定を通じて、誰しも一度は経験したであろう普遍的な感情を掘り下げていく。生きるのに苦しくなった時は、この本の存在を思い出したい。読む者の心に寄り添いながら想像力を喚起する、美しくも切ない物語である。

文=嵯峨景子

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