さよなら東京、ただいま地元――オンボロ旅館を舞台にした3人きょうだいの家族やり直しコメディ、開幕!『誰も知らんがな』

マンガ

公開日:2022/9/30

誰も知らんがな
誰も知らんがな(イブニングKC)』(サライネス/講談社)

『大阪豆ゴハン』『誰も寝てはならぬ』『セケンノハテマデ』など、マンガ雑誌『モーニング』で四半世紀にも亘って作品を発表してきたサライネス氏(注:『大阪豆ゴハン』時はサラ・イイネス)。

 やんわりとした関西ことばに、個性豊かな登場人物たちが繰り広げる、ときにぼてぼて、ときに洒脱な人間ドラマ。その唯一無二のワールドは多くの読者を惹きつけてやまない。前作『ストロベリー』の完結から2年半、待ってましたの新作『誰も知らんがな(イブニングKC)』(講談社)の第1巻が発売された。

 舞台となるのは海沿いの小さな町。父親の死を契機に、遺された3人きょうだいが実家の小さな旅館を引き継ぐという内容だ。

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誰も知らんがな p.12

誰も知らんがな p.13

 長女の佐里(サリィ)は東京の一流ホテルで働いていた料理人。バツイチ四十路で、今が「戻り頃」と感じて帰郷を決める。次女・有里(アリィ)はIT企業で広報を務める、こちらもキャリアウーマン(死語か)。弟の進之介のみ地元に残り、ずっと旅館の手伝いをしてきた。

誰も知らんがな p.20

誰も知らんがな p.21

 しっかり者の姉たちと、その尻に敷かれるおっとり弟というきょうだい図は、『大阪豆ゴハン』をはじめ数々の過去作品で描かれてきた、おなじみの設定だ。そこへ新たな要素として「地方移住(正確にはUターン)」が加わっている。

 これまでのサラ作品はすべて都会の物語だった。御堂筋や銀座や赤坂、新橋といった実在する都市の風景をばんばん出し、洗練された都会の空気をにじませていた。それが魅力ともなっていた。

 対照的に本作の背景は、架空の田舎町だ。サリィらは旅館の立て直しと共に地元の人たちとふれあい、コミュニティに溶け込んでいく。

 コロナ以降、増えつつある東京からの脱出と地方への移住――こうした現実社会の変化を作品世界に組み込んでいるところに、作者の本気度を感じる。惜しまれつつも2巻で終わってしまった前作の分を巻き返してやろうという意志も、とみるのは穿ちすぎだろうか。

 人間関係もまた、さらりとした絵柄からはちょっと想像がつかないほど、ディープである。

 スタッフ募集の貼り紙に応募してきた美大生の美冬に、進之介はほのかな想いを寄せるのだが、彼女はきょうだいの亡き父と浅からぬ因縁があるらしい。地元漁協のリーダー格である角刈り青年をめぐってサリィとアリィの間にさざ波が立ったり、サリィの別れた夫が旅館にやってきたり。

誰も知らんがな p.84

誰も知らんがな p.85

 細かなエピソードと太いストーリーラインが相互に綯いあわさり、序盤の段階ですでにしてドラマチックな流れをつくっている。旅館の再生に家族の再生を重ねあわせ、さらに作者自身の再生の息吹も感じられる。

 イブニング本誌の最新回では、リモート業務を続けていたアリィが会社を辞め、今後は旅館業一本でやっていくと宣言。サリィの元夫(売れっ子料理研究家という設定が秀逸)と、角刈り青年の松屋森ら、脇を固める男性キャラと姉妹それぞれの恋愛的展開も気になるところだ。

 昭和のバブル期も、不況が恒常化した平成も鮮やかに切り取ってきた著者が、令和の時代をどう描くのか。大きな期待とともに読んでいきたい。

文=皆川ちか

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