「恋愛トキワ荘」で話題の漫画家による “異食”のグルメマンガ!『飯を喰らひて華と告ぐ』で描かれる勘違い店主と客の幸せな関係

マンガ

公開日:2022/9/27

飯を喰らひて華と告ぐ
飯を喰らひて華と告ぐ』(足立和平/白泉社)

 とある飲食店、店主は客の悩みに寄り添いつつ、美味しい料理を提供する。語られるのは誰もが共感できる人情話だ。このような、いわゆるグルメ×ヒューマンドラマを描くマンガは少なくない。ただ『飯を喰らひて華と告ぐ』(足立和平/白泉社)は、そこにあるスパイスを足すことで、独特で異色ならぬ“異食”な作品に仕上がっている。

 そのスパイスとは「勘違い」である。

超絶画力の飯テロに注意! 味で救われる? グルメヒューマンドラマ

 物語の舞台は、東京のとある裏路地に店を構える中華料理屋のような「一香軒」。卓上に3冊の極厚メニューがあり、店主は「ウチは食べたいものを何でも出せる」という。そんな店を訪れるのは、悩みや事情を抱えた“わけあり”の客である。

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飯を喰らひて華と告ぐ P3

 店主は客をみると“何かを察して”心に寄り添う料理をふるまう。ときには店主おまかせのメニューを提供することも。彼が自信満々に作る「チャーハン」「アジのお造り」「里芋とイカの煮物」「鶏白湯ラーメン」「ブリの照り焼き」「アサリの雑炊」など、その味はいずれも絶品。そのとんでもない美味しさに、客は皆“それぞれの何か”から救われるのだ。

飯を喰らひて華と告ぐ P16

 本作は調理場面が大きな見所だ。大ゴマと頁数を使い、鮮やかな手さばきで材料を切って味つけをし、力強くフライパンや鍋を振り、料理を完成させるまで、丁寧に描写している。とにかくこの料理のシーンが圧巻なのだ。作者・足立氏の画力がとんでもないのである。氏は圧倒的画力で知られる浅野いにお氏のアシスタント経験があり、その絵の解像度の高さは師匠譲りなのだ。

飯を喰らひて華と告ぐ P22

 この『飯を喰らひて華と告ぐ』は数多あるグルメマンガのなかでも、トップクラスの「飯テロ」マンガだ。画力の高さに加えて、料理のチョイスもいい。どれもこれも、日本で暮らしてきた人なら食べたことのあるメニューばかり。だからこそ絵から味が、しかも自分の理想的な味が容易に想像できるのだ。けして夜中に読まないよう気をつけたい。グルメマンガとして「料理が美味しそう」は正義だ。ただ、本作で正しいのは料理だけなのだ。

食事の後はおかしな“強制”人情イベントが発生! 店主の格言の秘密とは

 悩みや事情を抱えてきた客をみて店主は“察する”。毎回そこで作者が「人情ハラスメント」と呼ぶ、人情イベントが強制的に発生する。店主は料理を食べている客の職業を見抜き、優しく諭すように語り掛け、ぴったりな格言を贈るのだ。こうして客は、「なんでもよくなって」帰路に就く。

飯を喰らひて華と告ぐ P30

 めでたしめでたし……だが、このとき私たち読者はきっと爆笑している。

 なぜなら店主の、客の職業と悩みや事情の見立てが完全に間違っているからだ。彼は料理と同じく自信満々で「勘違い」をし、そのまま相手の話は聞かずに一方的に語りかけ続ける。何か言い返せない圧のようなものがあり、客は抗えない。読んでいて不思議と不快さはない。美味しすぎる料理と意味不明の語り口に客は皆、脳がバグり「…なんか…なんでもよくなってきたわ」となるのだ。

 そしてポイントはもうひとつある。それぞれの客にぴったりの格言だ。「美(うま)きものにて事を成す」「天下人、早飯すらも口直し」「猿の一鳴(いちめい)、一恋(いちれん)破れて万となす」……。客はこれらの“深そう”な言葉に送られて店を出ていく。単行本ではエピソードの終わりに格言の解説、語源、類語などが掲載されている。最後にまた「…ん?」となるので、ぜひ楽しんでもらいたい。

 格言に気付いてから、私はこの作者の異能さに恐れを抱いた(いい意味で)。おそるおそるどんな人なのかと調べてみたところ、この2022年秋に放送を開始した「恋愛トキワ荘」というTV番組に出演していた。明るくコミュニケーション能力も高い一見“普通の”若者だったが、それだけに内に秘めた凄みを感じた。

 おそらく読んだ人は、美麗な料理描写と、クセの強い店主と、物語の構造と仕掛けに、登場人物と同様脳がバグる。ただ単行本を閉じたときに、疲れて固くなった頭が弛緩してスッキリとしているのではないか。そしてきっと無性にお腹が空いているはずだ。

 本作はすみずみまで、じっくりと読んでみてほしい。電子書籍で読む場合には、できるだけ大きな画面がおすすめだ。

文=古林恭

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