灯台から3人の男たちが失踪! 遺された妻や恋人の証言は何かを隠すための嘘なのか? 実在の事件をもとにしたミステリー!

文芸・カルチャー

更新日:2022/9/28

光を灯す男たち
光を灯す男たち』(小川高義:訳/新潮社)

「灯台」とは、夜間に海を照らし、闇の中でも船舶が位置を見失わず安全に航行ができるよう設置された“標識”である。

 エマ・ストーネクス氏の『光を灯す男たち』(小川高義:訳/新潮社)は、孤島の灯台を舞台に灯台守とその家族を描いたミステリアスな物語。

 1972年の冬、イギリスのコーンウォールにあるメイデンロック灯台から3人の灯台守が消えた。内部では食事の用意ができていて、不可解にも2つの時計が同じ時刻で止まっていた。そして灯台の入り口は内側から固く閉ざされていた。

advertisement

 消えた灯台守たちの家族は、それぞれに喪失を抱えながら時を過ごしていたが、20年後となる1992年、ダン・シャープという作家が灯台守の失踪の謎に挑む新作の取材として、再びその出来事を照らしはじめようとしていた。20年前の不可解な事件、なにかを隠している遺族、そして不気味さ漂う灯台。

 この小説にはモデルがある。1900年12月にスコットランドのアイリーン・モアという孤島の灯台で3人の灯台守が忽然と姿を消した事件である。灯台では争った形跡もなく、灯台守の3人の姿だけがなかった。現在も解明されていないこの「アイリーン・モア灯台事件」をベースに独自の着想をもって書かれたのがこの『光を灯す男たち』である。

 現在の灯台は自動化され、灯台守と呼ばれた職員が常駐している灯台はほとんど無くなっている。かつては陸の沿岸部の灯台では近くの宿舎に家族で住んで、職員は灯台へと通った。無人島や岩礁に建てられた灯台には、灯台守が数週間から数か月にわたり住み込み保守点検を行っていた。また灯台守の仕事は灯台の光を届けるレンズや灯火の保守、霧笛の運用など船の航行の安全のために、いついかなるときも持ち場を離れることができない過酷なものであった。

 本書に登場する海に囲まれた孤島に建つメイデンロック灯台でも、生活スペースが極端に狭く、閉塞感の中で男3人が暮らし、単調な毎日が数週間続く。そうした変化の乏しい、時間の流れがつかめない中で、タバコを吸う2分半だけ、しっかりとした時間の中にいることを実感できるというのはとても印象的である。

 物語は、実直な主任のアーサー・ブラック、補佐のウィリアム(ビル)・ウォーカー、そして補助員のヴィンセント・ボーンの3人の灯台守が失踪するまでの1972年と、1992年にフォーカスが当てられ、遺された妻や恋人のその後を描いていく。灯台守の失踪を解明しようとする作家から取材を受ける遺族たち。しかしその言葉は、失った愛する人の断片を拾い上げるのにはどこか歯切れが悪い。そしてその言葉自体が果たして真実なのか、それとも自身の過去を覆い隠すための嘘なのか、信頼ならざる証言の重なりは、まるでミステリー小説を読んでいるかのような仕掛けとミスリードがちりばめられている。

 また孤島に建つメイデンロック灯台はこの物語の中心であり象徴だ。灯台守の3人と陸にいる妻や恋人とが一緒に過ごす時間は数週間の単位で交互に訪れるが、それはまるで灯台が放つ光の明滅のようだ。

 そして、愛する人を失った人々は、光を見失ったことで人生という海を力なく漂っていたのではないか。

『光を灯す男たち』は、灯台のもつ意味が幾重にも灯台守とその家族を照らし真実を浮かび上がらせる、ミステリアスな文芸作品である。

文=すずきたけし

あわせて読みたい