青春のモヤモヤもキラキラもぎゅっと凝縮! 痛くて眩しい「ボーイ・ミーツ・ガール」な短編集『きらめきを落としても』

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/5

きらめきを落としても
きらめきを落としても』(鯨井あめ/講談社)

 2020年に、第14回小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社)でデビューし、翌年には2作目の長編『アイアムマイヒーロー!』(講談社)を発表した鯨井あめさん。その第3作は、初の短編集『きらめきを落としても』(講談社)だ。

 収録された6編をゆるやかにつなぐテーマは「ボーイ・ミーツ・ガール」。必ずしも恋愛に発展するわけではないが、いつまでも忘れられない特別な出会いが描かれている。ある短編の登場人物がほかの短編の人物と関わりを持つなど、かすかなリンクをたどる楽しさも味わえる。

 揺れたり、醒めたり、くすぶっていたり。6編の主人公は、いずれも等身大の20代。達観からはほど遠く、足元がぐらついている主人公だからこそ、時にはその姿が読み手に共感性羞恥のようないたたまれなさを感じさせることもある。

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 例えば「ブラックコーヒーを好きになるまで」の主人公がそうだ。天邪鬼で玄人気取りの彼は、流行りの作品よりもマイナー作品のほうが上だと思う20歳。「ありきたりを好むなんて、安っぽい人間になりたくない」と考えている。……と、ここまで読んだところで、自身の黒歴史が脳裏によぎった人も多いのではないだろうか。「あのバンド、メジャーに行ってから売れ線狙いになったよね」などと通ぶっていたあの頃を、強烈に思い出させてくる主人公だ。痛い、痛すぎる……。

 そんな彼が出会ったのは、好きなものは好きだと言える女性。「変なものさしは、取っ払ったほうが楽しいもんだよ」と言い放ち、話題の小説を読んで人目もはばからず泣く彼女に、主人公はどうしようもなく惹かれていく。だが、付き合うようになってからも彼女の好きなものを蔑ろにしていたところ、恋人の心は離れていき……。ついには喧嘩別れをしてしまうが、彼はある人物と出会い、一風変わった体験をしたことで自分の気持ちに素直になっていく。今まで見ないようにしていた心の奥底に目を凝らし、見栄もプライドも捨てて自分と向き合おうとする葛藤が細やかに描かれ、読んでいるこちらも心を揺さぶられる。最初は同族嫌悪のような痛々しさを感じていたからこそ、その成長が好ましく、「よかったね」と肩をポンポンしたくなってしまう。

 他の短編でも、さまざまな葛藤を抱える主人公が登場する。憧れだった天文学を専攻しながらも熱意を失った大学生が、天体観測中にある女性と出会う「上映が始まる」。ヴァイオリンの才能に恵まれつつも情熱の炎がすっかり消え、ラーメン屋で働く青年を描いた「燃」。高校時代に先輩の小説に打ちのめされ、筆を折った青年が当の先輩と再会する「言わなかったこと」。彼らがぐるぐる迷い、もがいた先にふっと光が差し込むような瞬間が描かれていく。

 そんな中、異彩を放つのが「主人公ではない」。タイムリープもののSFだが、タイトルどおり「主人公ではない」立場で描かれているのが斬新だ。また、「ボーイ・ミーツ・ガール・アゲイン」は、お人好しの主人公がイヤリングを落とした女性に一目惚れする話。猫に導かれるように、憧れの彼女の足跡をたどる過程が微笑ましく、ポップでかわいらしい作品に仕上がっている。

 このように、青春のキラキラもモヤモヤもゾクゾクも体感できるが、読み終わったあとには旅を終えたような不思議な清々しさが待っている。うつむきがちな視線をちょっとだけ上向きにしてくれる、なんとも素敵な1冊だ。

文=野本由起

▼『きらめきを落としても』を試し読み
https://tree-novel.com/works/d52f2b658f9420da9e87b2b5ce787eb6.html

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