「育児本通りにできない…」を経験している全ての親たちへ! ありのままを肯定しプレッシャーから解放してくれる

暮らし

公開日:2022/10/7

世界一役に立たない育児書
世界一役に立たない育児書』(かねもと/白泉社)

 育児の悩みというのは尽きることがありません。『世界一役に立たない育児書』(かねもと/白泉社)は、「役立たなさ」と銘打たれたリアリティで「頑張れていないこと」「理想が叶わないこと」「悩ましい状況」にエールを送ってくれます。

 2児の母である漫画家の著者は、徹頭徹尾リアルな描写で家事・育児の細かなシーンを拾い上げて、そのシーンのありのままを讃えます。たとえば、本書冒頭の「相談コーナー」で「小さい子がいてもできるおしゃれな部屋づくりを教えてください」という、いかにも「育児テク伝授本」にありそうなお題に対して著者は「キッチンの物々しさは子どもを守る気持ちの表れ」と回答します。ベビーゲートの「便利さ」ではない点に着目して、「育児テク伝授本」通りにいかない暮らしを全肯定してくれるのです。

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 著者の被写体は、乳幼児がしばしば手の中にギュッと握っているゴミくずにまで至り、「細かすぎるけど伝わる」のが特徴です。

 よく漫画にある描写の一つとして、「ただいまー!」と子どもが帰ってきて、体操競技の回転技のように中空を舞って玄関の土間に靴が落ちるというシーンがあるかと思います。さすがに現実では空中回転まではしないかと思いますが、そうやって脱ぎ散らかされた靴によって玄関がカオスな状況になるというのは「あるある」です。その状況に対する著者のユーモラスな対策は「玄関は自然に、ありのままを見せる」というものです。

バラバラにいろんな方向を向く靴は、どこへ向かっているのかな? 合言葉は「靴がそろっていなくても死なないから」。玄関のたたき全体に撒き散らかされた公園の砂、子どもが毎日拾ってくる木の枝などがアクセントに。

 リアルな状況描写の後に、そのありのままを肯定してくれる。そんなスタンスから「親のエゴカレー」(あまりに偏食なのでいろんな野菜を食べてほしくてつくったカレー、および、それでも子どもが食べてくれない状況を象徴する料理)や「あきらーめん」(いろんな野菜やタンパク質を摂ってほしく、ラーメンなら食べるからラーメンに入れてみたけどやはり食べないので、具なし・麺だけでスープのバリエーションだけあるラーメンという完成形になったこと、および、その諦めのプロセスを象徴する料理)という役立たないレシピが開発・掲載されています。こうした「リアリティと全肯定のセット」の描写によって、家事・育児に悩む多くの読者は救われることを本書は意図しています。

 一見するとただふざけているように感じられるかもしれませんが、マジメさへの揺り戻しも本書の特徴です。安全さ・便利さがある種発展しすぎたともいえる、超成熟社会の日本において「育児はこうあるべき」「親はこうあるべき」というプレッシャーは、多くの子育てする親たちを困惑させているという現状を冷静に分析している箇所もあります。

こうした周囲からの視線を気にするあまり、親たち自身も「こうしないと子どもに悪影響なのではないか」という不安を抱えてしまいがちです。それでいて親たちの労働時間は長く、現代は核家族も多いもの。だからこそ、「どう育児を効率化するか」「どうしたら家事や仕事と両立できるか」といった育児テク・ワザ・ハックがたくさん生まれたのです。たくさんあるということは便利な面もありつつ、是が非でも親たちががんばらなければいけない状況が多い証拠でもあります。

 本書には言及されていませんが、「子どもを持たないこと」「親にならないこと」「結婚しないこと」、および、その状況に対するプレッシャーに関しても、著者はありのままを肯定する独自の意見を持っているように行間から感じました。「役立つ育児書」を手に取りにくい方にも、ぜひ本書が行き渡ることを願います。

文=神保慶政

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