9人のうち死ぬべきなのは誰か? 地下建築に閉じ込められた一行を襲う殺人事件――衝撃のクローズドサークルミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/19

方舟
方舟』(夕木春央/講談社)

〈ここを脱出するためには、誰か一人が、この水没しようとしている地下建築に閉じこめられなければいけない。そして、地上に出たとしても、救援を呼ぶにはかなりの時間がかかる。その間は、建物が水没していくのを黙って見ているしかできない。だから――俺らが助かるためには、ここにいるうちの、誰か一人の命を犠牲にしなければならない。〉そんな問いをつきつけられたら、あなたはいったい、どうするだろう。半数以上が親しい友人という状況で、自分もふくめ、いったい誰が犠牲になるべきなのかを決めなくてはならない。それが夕木春央氏の小説『方舟』(講談社)の主題である。

 大学時代に所属していた登山サークルの友人たちと2年ぶりに集まった柊一。発起人である裕哉の父親が所有する長野県の別荘に泊まっていたところ、やはり裕哉が、半年ほど前に見つけた地下建築に行ってみないかと誘いをかける。興味をそそられて乗った一行だが、歩けども歩けども目的地は見えず、ようやくたどりついたころにはもう日暮れ。しかたなく、そこで一夜を過ごすことを決めるのだが、方舟と名づけられているらしいその建物は、かつて犯罪組織あるいは宗教団体に使われていたと思われ、ひどく不可思議なつくりをしていた。さらに、きのこ狩りの最中に迷いこんだという一家(両親+中学生くらいの息子)が現れて……。

 きのこ狩りなんてするか? こんな山奥で? と一家の存在自体があやしいし、そもそも“ある理由”からイレギュラー対応に強い従兄を連れてきていた、という柊一の背景もあやしい。友人たちの関係も、そこはかとなくギクシャクとしたものがある。これで事件が起きないわけがない、という雰囲気たっぷりのなか、まず起きるのが深夜の地震だ。扉が岩にふさがれて地上に出られなくなった彼らは、続いて、友人の一人が殺されているのを発見する。いったい、誰がどうしてこのタイミングで。混乱と恐怖に満ちたその閉鎖空間で、しかし、ただ一つだけ全員が共有している確かな事実があった。冒頭に書いたとおり、方舟から脱出するためには、誰か一人が犠牲にならなくちゃいけない。だとしたらそれは、殺人に手を染めた犯人であるべきだ――。

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 というわけで、疑心暗鬼の9人による犯人捜しが始まるわけだが、まあ、事件が一つで終わるはずもなく。刻一刻と水没が進行していくかたわらで、なんの手掛かりも得られないまま、次なる殺人事件が起きるのである。どう転んでも悲劇しか起きない状況。読んでいる側としてはこれ以上わくわくするものはない。

 ……と他人事のように悪趣味に楽しむ一方で、ふと考えさせられもする。殺人を犯したからって、他人の命を犠牲にして生き延びることは、果たして許されるのだろうか。〈愛する誰かを残して死ぬ人と、誰にも愛されないで死ぬ人と、どっちが不幸かは、他人が決めていいことじゃない〉というセリフもあるが、誰も悲しまないからといって、死んでもいい人間だっていないのだ。自分だけが助かればいいわけじゃない。でも、自分だけは助かりたい。そのジレンマの中で浮き彫りになっていく真実。最後の1ページまで気の抜けない展開が続く、一気読み必至のパニックサスペンスである。

文=立花もも

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