重要な意味を持つことも。村上春樹作品に登場した「映画」を取り上げた、“村上主義者”必携の書!

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/29

村上春樹 映画の旅
村上春樹 映画の旅』(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館:監修/フィルムアート社)

 2022年10月1日から早稲田大学演劇博物館で開催されている企画展「村上春樹 映画の旅」。作家村上春樹の小説、エッセイなどに登場する映画作品を調べ上げ、映画化された村上作品や映画と村上本人との関わりも含め丹念に辿っていく展覧会である。村上作品と海外文学、村上作品と音楽などについてはこれまでいろいろと論じられてきたが、映画との関係をこれほど濃密に取り上げ、しっかり掘り下げたのは初めてではないかと思う。

 ここでご紹介する本『村上春樹 映画の旅』(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館:監修/フィルムアート社)は、その企画展の図録である。演劇博物館での展示内容を丸ごと一冊にまとめた、読みどころ満載の村上主義者必携の一冊だ。

 本書は全5章+論考・インタビュー、そして巻末の資料で構成されている。「映画館の暗がりの中で」という村上春樹の前書きから始まり(展示でも最初に掲出されている)、この図録だけに収録されている『自分自身のための映画』というエッセイには、学生時代に通った映画館や、演劇博物館に足繁く通って脚本を読み込んだことなどが書かれている。

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 第1章「映画館の記憶」は村上春樹が地元の神戸や上京後に通った映画館の写真がふんだんに掲載され、演劇博物館で村上が読んだというビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』や黒澤明監督の『野良犬』などの脚本が紹介されている。そして第2章、第3章はエッセイや小説に登場する作品の紹介だ。作品で言及されている部分の文章とともに映画のポスターや場面ショット、内容の解説、そして作品との関わりや読み解きがたっぷりと掲載されている。第4章は村上が翻訳したアメリカ文学作品と映画作品について、そして第5章は村上作品を映像化したものが紹介されている。

 特に圧巻なのが、巻末にまとめられている作品リストである。村上作品のタイトルとその発行順にリストが並び、映画のタイトル、監督、日本初公開年、参照ページ(ちなみにリストに掲載されているページ数は単行本のもの)がズラッと列記されている。既読の方は改めて村上作品と映画を楽しめ、まだ読んだことがない本については良きガイドになるだろう。

 このリストを眺めていてふと気づいたことがある。『ノルウェイの森』は上下巻の長編なのに、映画が出てくるのは上巻のみ、しかも『卒業』『カサブランカ』『サウンド・オブ・ミュージック』という名作中の名作3本だけで、他の村上作品とは明らかに違っているのだ。

「これからどうする、ワタナベ?」と永沢さんが僕に訊いた。
「オールナイトの映画でも観ますよ。しばらく映画なんて観てないから」
「じゃあ俺はハツミのところに行くよ。いいかな?」
「いけないわけがないでしょう」と僕は笑って言った。
「もしよかったら泊まらせてくれる女の子の一人くらい紹介してやれるけど、どうだ?」
「いや、映画観たいですね、今日は」
「悪かったな。いつか埋め合わせするよ」と彼は言った。そして人混みの中に消えていった。僕はハンバーガー・スタンドに入ってチーズ・バーガーを食べ、熱いコーヒーを飲んで酔いをさましてから近くの二番館で『卒業』を観た。それほど面白い映画とも思えなかったけれど、他にやることもないので、そのままもう一度くりかえしてその映画を観た。そして映画館を出て午前四時前のひやりとした新宿の町を考えごとをしながらあてもなくぶらぶらと歩いた。
(『ノルウェイの森(上)』単行本 148~149ページより)

 こうした様々な楽しみ方ができる「村上春樹 映画の旅」。企画展の開催は2023年1月22日までなので、気になった方は早稲田大学坪内博士記念演劇博物館まで実際に足をお運びいただきたい(図録には載っていない、映画『ドライブ・マイ・カー』で着用された衣装なども展示されている)。そして充実の図録の購入もどうぞお忘れなく。

文=成田全(ナリタタモツ)

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 2022年度秋季企画展
村上春樹 映画の旅
会期:10月1日(土)〜2023年1月22日(日)
https://www.waseda.jp/enpaku/ex/16084/

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