今月のプラチナ本 2013年1月号『あと少し、もう少し』 瀬尾まいこ

今月のプラチナ本

公開日:2012/12/6

あと少し、もう少し

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:瀬尾まいこ 価格:1,620円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『あと少し、もう少し』

●あらすじ●

全校生徒は約150人。山深い場所にある市野中学の陸上部部長・桝井は、中学3年生になったばかり。学校を挙げての一大行事である中学校駅伝では、これまでギリギリのところでなんとか県大会に進出してきた男子駅伝チームだったが、今年最後の大会でなんとか上位入賞を目指したい。しかし、新しく顧問となった先生は、スポーツが不得意。陸上に関してはまったくの素人で……。まずは出場メンバーをそろえるために動き出した桝井。寄せ集めのメンバーと頼りない先生のもと、はたして県大会連続出場となるのか? 駅伝にかける中学生たちの最後の夏を描く、みずみずしい青春小説。

せお・まいこ●1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒。2001年に「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。05年に『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、08年に『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』など多数。

新潮社 1575円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

中学生の濃密な1秒を思い出す

年齢を重ねると、月日の過ぎる速度がどんどん上がるのはなぜなんだろう。あわただしくしているだけで、ろくに手ごたえもなく、気がついたら1年経っている。何もしていなかったわけではないが、何ができるようになったとも言えない1年。そんな年の瀬を前にこの本を読み、中学生の時間の流れを思い出した。なにしろ本書の駅伝チーム、やっとメンバーがそろうのが夏休みも途中になってから。そして秋には本番を迎えるのだ。わずか2〜3か月という時間は、中年にとっては一瞬だが、彼らは苦悩と努力を1秒ごとに積み重ね、歴然と成長していく。それは走ることだけでなく、思いやること、決めること、などなど多岐に渡る。桝井は言う。「中学校でやることに必要なのは、能力じゃない。嘘みたいだけど、努力だ」。努力が確実に結果をもたらす、怖さと喜び。中年にはなかなかタフだけど、あの濃密な1秒をまた味わいたいと、読了後に確かに思えた。

関口靖彦本誌編集長。自分は中学3年のときにデスメタルに目覚め、CDの蒐集に全精力を傾けるとともに、髪を伸ばし始めました。努力といえば努力だけど……

瀬尾まいこだからこその中学駅伝

人生の中でいちばん戻りたくないのが中学生時代って思っていたけれど、本書を読んだら、学校に行くのが苦痛だったあの日々もなんだか懐かしくなった。規則は厳しかったし、やりたくないことをやらされることも多かったけど、結果やってみたら楽しかったなということも思い出した。なぜだろう。本作に登場する駅伝男子たちがすごくいいのだ。瀬尾さん自身が中学教師時代に感じていたであろう生徒たちに対する「やるじゃん」的な敬意が作品にあって、無性に彼らを応援したくなる。しっかりしてるふうでもまだまだ青かったり、皮肉屋で冷めてるようでも実は優しかったり。走る区間順に、彼らがなぜ走るのか、どんな思いで走るのか、それぞれ自分視点で語られているが、何度も胸が熱くなった。瀬尾さんのエッセイの中に自らの駅伝体験を書いたものがある。駅伝における襷の意味的なことを実感されていて、それがずいぶんと本書に生かされているように思った。

稲子美砂次号の三浦しをん特集の腐女子座談会が無茶苦茶楽しかった。みなさんの妄想力にただただ感服。名言もいろいろ飛び出しました。「小銭に萌える」ってすごいなあ

中学生は何度失敗してもいい

男子二人の親になった私には、“中学生は何度失敗してもよい”という瀬尾さんのメッセージは目からウロコだった。全体的にダメでみじめでいいんだ、友だちいなくても不真面目でもいいんだ。本書はへなちょこの顧問と寄せ集めの生徒たちで挑んだ駅伝成長物語だ。女子三姉妹で育った私には、中学生男子なんて宇宙人と思っていたけれど、精神性は小学校1年のわが息子とそう変わりない。走ることは孤独で、自分との戦いだ。中学生らしい言い逃れをしても、結果がすぐに現れてしまう。それは中学生でもまずいと知っているのだ。チームの足を引っ張る、それはダメでしょう、やると決めたらやる、それしかないでしょう。そういう子どもらしい、素直な男子の前向きさ、太陽のほうにどんどん伸びて行くさわやかさに感動した。中学校の教員をされていた瀬尾さんならではのリアリティだと思う。思春期の男の子たちのことを少しだけ知れたように思った。

岸本亜紀怪談実話百物語シリーズ第4弾の『ひとり百物語 悪夢の連鎖』立原透耶さんの新刊、発売中。文庫版『お祓い日和』加門七海さんは12/25発売予定

少年たちも読後感もさわやか!

私は、瀬尾さんがご自身の中学校勤務での体験を元にしたエッセイ集が大好きなのだが、彼女が描く中学生は本当にいい。駅伝チームのメンバーは、全員が陸上選手を目指しているわけではない。だけど、自分が襷をつながないと、最後の夏が終わってしまう。あと少し、もう少し、みんなと一緒に走りたい。仲間のために走る中学生たちの姿にすっかり引き込まれ、応援し、最後6区の桝井君がゴールする瞬間は、「何位で入った!?」と手に汗握った。それぞれ違う性格や事情を持ち、様々な思いを抱えながら、襷をつないでいく6人の物語を読みながら、自分はどの子に似てたかな、ジローみたいな息子がほしいな、などと少年たちに思いを寄せてしまった。あと渡部君に「いや、一番中学生ぽいなって」、桝井君に「ほうっておいたら勝手に力なんて抜けるけどね」なんて言葉を、さらっと説教くさくなく言ってのける上原先生はとてもかっこいい大人だと思う。

服部美穂思いっきり年末進行中なのに、毎日あだち充さんが描いてくださったイラスト表紙で甲子園をイメージするせいか、自分の中の季節感がつかめずにいます

つながるパワー

中学校ほど多種多様な人間が集まる空間はない。目標へ向かって突き進む部長の桝井や気弱な設楽、素直に自分を表に出せない不良の大田や秀才の渡部。チームのために孤独な戦いを強いられる駅伝は、ばらばらな人間を一直線につなぐ競技だろう。「誰かのために何かするって、すげえパワー出るんだな」と言う大田の言葉は、駅伝どころかジョギングすらしない私にも輝いて聞こえた。人生において最も恥ずかしくて同時に最も楽しかった一瞬が、きらきらと描かれている。

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走るスイッチ小説!

6人で18kmを走る中学生の男子たち。彼らのひたむきさと純粋さが、とても清々しく、眩しい。限りある時間のなか、同じ目標を持って走り続ける彼らと、それを見守るへなちょこ先生。じょじょに強まっていくチームワークも気持ちいい。「中学校でやることに必要なのは、能力じゃない。嘘みたいだけど、努力だ」。部長の桝井君の言葉もまっすぐだ。頭で考えてばかりの私だが、読み終えたあと、なぜだか無性に走りたくなった。いろんなスイッチが入りました。

重信裕加鈴井貴之さん、大泉洋さんらが所属するクリエイティブオフィスキューの20年の物語が綴られた『CUEのキセキ』好評発売中!

日本の義務教育はスゴイ!

中学のとき、私は吹奏楽部でスポーツとは縁のない生活を送っていたけど、駅伝にかける彼らの気持ちはすごくよくわかる。なぜだか私も部活に必死だったし、それ相応の体験・思い出ができた。本書に描かれる中学生の物語は、形は違えど多くの日本の中学校で実践されている教育方法だ。大人になった今、そのときの熱量を支える日本の学校ってすごいな、先生って大変だな、と思う。「中学校っていくら失敗してもいい場所なんだって」という上原先生の言葉は大きい。

鎌野静華ジッピィニュース・永瀬隼介さん取材、ノンフィクションライター時代のお話が非常に興味深かったです。楽しかった!

一章ごとに気持ちがたかぶる

中学生男子6人。この年頃ならではの見栄やスタンスをそれぞれに持つ彼らを、担当する区ごとに描いていく。読み進めると、ある時点での態度や言葉の背景が別の章で明らかになっていき、どんどん世界にはまっていく。最終章6区、リーダー役の「最初から人から好かれるようにできている、苦労のない学校生活を送っている」ようにみえる桝井くんの章が一番好きだ。それまでのエピソードが大きな流れになりゴールまでひっぱってくれる。読了後またすぐ読み返したくなった。

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涙なしには読めません!

筆者はまず、駅伝ものに弱い。「襷をつなぐ」とか、「後は任せたぞ!」とか、それだけでうっ!となる。しかも本作は「中学最後の駅伝」「寄せ集めチーム」ときていて、この時点で参りました。読み始めてみると、山あり谷あり、章ごとに語り手が変わり、最後の大会へ向かって鼓動がどんどん早まる! 章ごとに襷がわたるたびに複雑な思いが湧き上がるはず。もう終わってしまうのか、もっと読んでいたい、とランナーには少し酷な読者になってしまった。

川戸崇央駅伝は好きでよく見るが、例えば箱根は個人より、大学の伝統が肝。その点小説では人間ドラマが楽しめて妄想力がつきます笑

思いやりに触れて、人は成長する

作中に登場する人物の誰もが素敵で、心が温かくなった。大会出場のため、寄せ集められた駅伝選手たち。各々が悩みを抱えた中学生だけど、皆、気遣い屋で、気づけば仲間を思いやっている。その相手の“思いやり”に触れて、それぞれが成長していく。その過程にじん、ときた。また顧問の上原先生が魅力的。彼女の存在は、中学生にとって“丁度いい温度”の大人なのだろう。襷をつないでいくことは、相手を思いやらねば出来ないこと。読後の爽快感もたっぷりです。

村井有紀子今号の特集を担当。連載陣による鼎談企画、そして星野源さん連載×ももクロのSPなコラボ企画もお見逃しなく!

駅伝、面白いじゃないですか!

正直、本書を読むまで駅伝の面白さをちっとも知らなかった。駅伝中継はたまにドラマチックなシーンがあるものの、長いし単調なのでほとんど観ない。しかし、走る側の思いを丁寧に描いた本書を読むと、がぜん興味が湧いてきた。コース、スピード、フォーム全てに物語が潜んでいるのだ。さらに、中学生の瑞々しいひたむきさや不器用さが走ることを通して浮き彫りになるストーリーも魅力的で引き込まれる。年明けの箱根駅伝はテレビにかじりついて観ようと思う。

亀田早希『幽』18号が間もなく発売。岸浩史さんのマンガ連載がはじまります。今回は猫に関する5編。ちょっぴり切なくて素敵です

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ

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