1枚のスカートから広がっていく世界に引き込まれる! 9名の人気作家が紡ぐアンソロジー

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/4

朝倉かすみリクエスト! スカートのアンソロジー
朝倉かすみリクエスト! スカートのアンソロジー』(朝倉かすみ、北大路公子、佐藤亜紀、佐原ひかり、高山羽根子、津原泰水、中島京子、藤野可織、吉川トリコ/光文社)

 筒状に縫い合わされただけの布が、これだけバラエティに富んだ世界を見せてくれるとは。

 本書は『田村はまだか』『平場の月』(どちらも光文社)などで知られる朝倉かすみが編者となり、“スカート”をテーマに編まれたアンソロジー。編者自身も作品を寄せ、9人の人気作家たちによる9通りのスカートの物語が集結した。

 スカートというと、一般的には女性がはくものという印象が強いだろう。しかし、佐藤亜紀の作品に登場する「カーチ」という種族では、スカートをはくのは男性だ。カーチでは男性こそが美しいとされ、美しさを象徴するスカートは男性のみがはくことを許される。一方、女性は「下女」と呼ばれ醜いものとされ差別的な扱いを受ける。カーチの男たちの本質を一言で言い当てたある登場人物のセリフが痛快だ。

advertisement

“スカート→女性→弱い”なんてくそくらえだと今にも牙をむく勢いなのが、藤野可織氏の「スカート・デンタータ」。ある日を境に、女性たちのはくスカートに生えた歯が痴漢男たちに噛みつき撃退していく。もちろん物理的に。女性の視点ではなく、痴漢男が語り手となって物語が進行していく点が面白い。

 スカートをはくことで自分を守る男の子たちの物語も。津原泰水の「I,Amabie」は、自らデザインしたアマビエの衣装を着て学校に行く男子高校生のお話。また、佐原ひかりの「そういうことなら」では、高校生の語り手〈わたし〉の彼氏・水谷が、ある日突然スカートをはいて学校にやって来る。彼氏のスカート姿に〈水谷の目次だけ眺めてわかったつもりでいたのだと突きつけられ〉てしまう〈わたし〉の距離感がいい。

 高山羽根子「ススキの丘を走れ(無重力で)」では、語り手の小学生時代の同級生男子・ヤスダが、亡くなった祖母の紫色のスカートをはき、校庭で100メートル走に挑む。ヤスダがスカートの裾をひらめかせ、まるで空を飛ぶように走る姿が鮮やかだ。

 スカートの裾といえば、北大路公子「くるくる回る」も強烈な印象を残す。語り手は、夫と息子と離れ一人暮らす70歳間近の女性。何十年も前から、彼女の視界の隅をスカートの裾が横切るようになっていた。語り手はそれを〈存在しないはずのもの〉と決めつけるが、最後にその正体が判明するくだりに胸が締め付けられる。

 スカートがその人物そのものを物語ることもある。朝倉かすみ「明けの明星商会」では、無個性なはずの会社の制服に、それを着ていた人の個性が織り込まれている。スカートが終盤に登場する構成が心憎い。

 一方、吉川トリコ「半身」では、子役時代、パンツ丸見えの短いスカートをはいて出演したCMが話題になった語り手の〈私〉が、母親になってから過去の呪縛に悩んでいる。

 中島京子「本校規定により」は、高校教諭・ナカムラタメジを主人公とした昭和~平成にかけての制服スカート変遷物語。〈これはなんなのか。いったいなんなのか〉――タメジが制服におけるスカートの意味を愚直に考えるところがいい。ナカムラタメジみたいな先生がいればなぁと思うこと必至だ。

 本書には、読み手のイメージどおりのスカートが出てくるかもしれないし、反対に、スカートのイメージが刷新されるかもしれない。いずれにせよ、どの作品も読者の視野を広げてくれる豊かな短篇集だ。

文=林亮子

あわせて読みたい