元スパイの妻と姑のバトル、事件に巻き込まれた近未来に生きる男――2つの物語は思わぬ繋がりを見せ…。伊坂幸太郎による創作秘話を収録し文庫化!

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/15

シーソーモンスター
シーソーモンスター』(伊坂幸太郎/中公文庫)

 世の中には、遠い昔から対立する山の一族と海の一族がいて、その血筋の者同士は、理屈抜きで反発しあうようになっている、というのが伊坂幸太郎さんの小説『シーソーモンスター』(中公文庫)に敷かれた設定だけど、もし本当にそうだとしたら、ちょっと気持ちがラクになるかもしれない。人を嫌うのも憎むのも、相性が悪い相手と仲良くしようと頑張り続けるのも、とっても疲れる。近づいたらだめ、と自分の意志とは関係のない場所であらかじめ決まっているなら、自分を責める必要もなくなる。ただし、自分の意志で人付き合いを選別することができないのが、社会の難しいところ。表題作「シーソーモンスター」は、うっかり縁続きになってしまった姑セツ(山)と嫁の宮子(海)のバトルを描いた物語である。

 結婚を機に引退するまでスパイとして働いていた宮子は、姑がどんな難物でもうまく付き合っていける自信があった。ところが出会ったその日から、セツとはなんだか、かみあわない。セツの夫、つまり舅が亡くなり、同居することになってからは不仲も悪化。そんななか、宮子は、舅の死にセツが関わっていたのではないかと疑念を抱き、調べ始めるのだが、物語は、宮子の夫・直人の仕事にも絡んで、思わぬ展開を見せていく。

〈米ソ冷戦も、嫁姑問題も、根底にあるのは自らの鏡像との闘いなのだ〉という一文がある。自分は相手とは違う。似ているとは思いたくない。だけど争っているとき、相手もまた自分と同じように相手を出し抜くことを考え、似たような策をめぐらせている。その堂々巡りを、人はやめることができない。続くもう一作「スピンモンスター」は、近未来を舞台に、主人公の男が思わぬ事件に巻き込まれ警察に追われる物語だが、海と山の一族の設定は引き継がれており、「シーソーモンスター」とも思わぬ繋がりを見せる(そうきたか! と読んでいて嬉しい)。「シーソーモンスター」の痛快で爽快、「スピンモンスター」はちょっと(いやだいぶ)切ない、と、読後の印象は異なれど、人はなぜ争うのか、争いはなぜ止められないのか、という問いも共通している。

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 海と山の一族だから、憎んでいいわけでも攻撃していいわけでもない。ただ、〈一生懸命、穏やかな時間を作るのには、努力が必要だ。平和は努力しないと現れない〉と作中にもあるように、何もしなければ争いの火種は生まれ、人は勝手に疑心暗鬼の渦にその身を投じ、火種を大火に変えていく。「スピンモンスター」で対立するのは、家族を失うほど大きな事故の加害者と被害者で、争うなというほうが無理なのだけど、それでもどうすればできるだけみんなが平和でいられる道を探れるのか、本作の主人公たちは常に問い続けているような気がする。

 ちなみに海と山の一族の設定は、8人の作家が、同じ設定を共有して、異なる時代の物語を描くという「螺旋」企画から生まれたもの。今作の文庫化にあたって書き下ろされた、伊坂氏によるあとがきには、企画が実現に至るまでの裏話も綴られている。一見、独立した物語のような他の8つの物語とあわせて読んでリンクに気づくと、その世界はいっそう彩り豊かに浮かび上がってくるだろう。

文=立花もも

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