言葉の力を信じる人へ。『まとまらない言葉を生きる』を通して見えてくる世界と、「要約すること」の傲慢さ

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/15

まとまらない言葉を生きる
まとまらない言葉を生きる』(荒井裕樹/柏書房)

“それでも、それでも、この本を書こうとするのは、「言葉の壊れ」に抗いたいからで、言葉の力を信じたいからだ。”

 障害者文化論を専門とする二松學舎大学文学部准教授、荒井裕樹氏による著書『まとまらない言葉を生きる』(柏書房)まえがきの一文だ。本作が刊行されたのは、2021年5月。「Web asta*」(ポプラ社運営)の連載「黙らなかった人たち」が基になっている、17篇のコラム集である。『生きていく絵――アートが人を〈癒す〉とき』『障害者差別を問いなおす』など、多数の著書を持つ著者が、近年壊れつつある「言葉」に対し、真っ向から向き合う。

 言葉は、ひどく繊細だ。丁寧に手渡された言葉は誰かの救いになり、粗雑に投げつけられた言葉は誰かの傷になる。扱い方により、いかようにも変化する。壊れやすく、捻れやすい。でも、温かい。それが、言葉だ。

 本書は、章ごとに印象的な一文が登場する。障害者運動家の横田弘さん、府中療育センターの入所者が結成した「有志グループ」のひとり、三井(新田)絹子さんなど、一般的にマイノリティと呼ばれる方々の言葉が多く引用されている。その言葉を、著者が「要約していない」点が、本書の大きな魅力といえよう。

advertisement

 言葉には、意図せずとも人生が反映される。どのような道を歩み、どのような世界を見てきたのか。それにより思考は変化し、思考は言葉に落とし込まれる。人生をかけて伝えようとした誰かの言葉を、「要約するのは傲慢だ」と著者は感じたのだろう。その感性が詰まった一文が、帯に記されている。

“誰の人生も要約させない。あなたのも、わたしのも。”

 前述した人たちの言葉と生き様に、時間をかけて心を添わせ、伝えたい思いを丁寧にひもといていく。そんな著者の言葉を通し、彼らが見ている風景、生きている世界が自然と浮かび上がってくる。

 マイノリティが住む世界は、自分たちとは無関係だ――本書は、そう考える人たちに、静かに警鐘を鳴らしている。未来に何が起こるかは、誰にもわからない。誰もが、マイノリティになる可能性がある。極端な自己責任論を声高に発している人は、いざそうなった時、果たしてどうするのだろう。

 誰かの首を絞める言葉は、いずれ自分の首を絞める。本書を読み進めるごとに、その真理がすとんと胸に落ちる。

“言葉には「降り積もる」という性質がある。放たれた言葉は、個人の中にも、社会の中にも降り積もる。そうした言葉の蓄積が、ぼくたちの価値観の基を作っていく。”

 第1章「正常に『狂う』こと」の一節だ。私たちが降り積もらせた言葉が、未来につながっていく。どんな未来にしたいのか、どんな世界にしたいのか、そこに軸足を置いて言葉を選べる人間でありたいと、改めて感じた。

文=碧月はる

あわせて読みたい