実力派新人作家が紡ぐ、中華後宮×ミステリ×シンデレラ・ストーリー『後宮の花詠み仙女 白百合は秘めたる恋慕を告げる』

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/18

後宮の花詠み仙女 白百合は秘めたる恋慕を告げる
後宮の花詠み仙女 白百合は秘めたる恋慕を告げる』(著:松藤かるり、イラスト:秋鹿ユギリ/KADOKAWA)

 人が多くのものを見て生きているように、そこにある物や植物もまた、その地で起こる様々なものを見ているかもしれない――。『後宮の花詠み仙女 白百合は秘めたる恋慕を告げる』(著:松藤かるり、イラスト:秋鹿ユギリ/KADOKAWA)は、思わずそんなことを考えてしまう、花の記憶を読む「華仙術師」の少女を描いた中華後宮ファンタジー。

 本作品は、第20回角川ビーンズ小説大賞<優秀賞&読者賞>受賞作。著者である松藤かるり氏は、新人でありながら、同時期に角川ビーンズ小説大賞を含む3つのコンテストでの受賞を果たした実力者。中華後宮×ミステリ×シンデレラ・ストーリーという、肉厚で読み応えのあるストーリー展開に、早くも注目が集まっている。

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 この物語の主人公は、髙(こう)の山奥にある華仙一族の隠れ里で暮らしていた少女・華仙紅姸(かせん こうけん)。仙術を使う華仙一族は、かつては皇帝に重宝され、髙の中心にある都「集陽(しゅうよう)」で暮らしていた。しかし歳を重ねるにつれて帝が仙術を憎むようになり、仙術師狩りが行われるようになったのだ。結果、この華仙一族は命からがら逃げるように、山に身をひそめることとなった。そのため、華仙一族はこの力を忌み嫌っている。

 華仙術と呼ばれる仙術を扱う一族の中でも、体に花の形をした痣を持つ者は強い力を持つとされる。その花痣を持つ者は長い間現れなかったが、しかし、それを持って生まれてしまったのが紅姸だった。紅姸は、この花痣のせいで幼い頃から奴隷のように扱われ、粗末な衣服しか与えられず虐げられて生きてきた。

 だがある日、集陽から華仙術の使い手を探してある男がやってくる。髙の第四皇子・英秀礼(えい しゅうれい)、それから秀礼付きの宦官・蘇清益(そ しんえき)らだ。秀礼は蔵に隠れていた紅姸を探し出し、彼女を集陽へと連行。帝を苦しめる禍を解くよう命令し、後宮の調査がしやすいようにと紅姸を皇帝の偽りの妃とした。紅姸は、華仙術「花詠み」を用いて後宮に咲く花の記憶から情報を集め、「花渡し」で死してなお生に縋る鬼霊を浄土へ渡しながら、後宮に渦巻く苦しみや悲しみ、憎悪を解いていく。

 紅姸は集陽について早々、鬼霊を斬ることのできる剣「宝剣」で鬼霊を叩き斬った秀礼に、「あなたは、ひどすぎる!」「本当の『祓い』とは鬼霊の心に寄り添うこと」と立ち向かう。秀礼は、自身のやり方を否定されたことで最初こそ不快感を示したが、紅姸の優しさ、心の美しさに次第に惹かれていく。また、紅姸も、華仙術の存在を受け入れ何かと助けてくれる秀礼に、少しずつ心を溶かされて――。

 前の帝が仙術師を迫害した影響で、髙では今なお仙術を恐れ、嫌悪する者が多い。紅姸が後宮に入った当初、宮女たちの多くが彼女のことを快く思っていなかった。しかし紅姸は、妃という立場に驕らず、常に宮女たちの身の安全を考えて行動し、自身を目の敵として攻撃してくる秀礼の許嫁・辛琳琳(しん りんりん)さえも見捨てず救っていく。そんな彼女の行動は、後宮で暮らす者たちの認識を確実に変えていくこととなる。紅姸は、自らの行いによって見事周囲の信頼を勝ち取ったのだ。そしてついに――!

 こうして複雑に絡み合う事件の真相を解き明かしながら、一歩一歩前へと進んでいた紅姸。しかし終盤、彼女を虐げてきた華仙一族が再び彼女を絶望の淵へと沈ませる。とある事情から里へ帰った紅姸を待ち受けていたのは、紅姸を決して認めようとしない、以前と変わらぬ一族からの酷い仕打ちだった。しかし仲間を得て成長した紅姸は、もう諦め耐えるだけの自分ではない、と秀礼を頼り、自らの殻を破る。このラストの大逆転劇にはスカッとさせられること間違いなし! 筆者も思わず涙がにじんだ。

 この『後宮の花詠み仙女 白百合は秘めたる恋慕を告げる』は、壮大な中華後宮ファンタジーとしての読み応えがあるのはもちろん、謎解き要素や”ざまぁ”展開など、思わず前のめりに読んでしまう仕掛けがいたるところに散りばめられている。弱い部分があっても、つらいことがあっても、ひたむきに生きていればきっと見ていてくれる人がいる。これは、周囲の目を気にしながら日々理不尽と戦う現代人にとっても、大きな救いとなってくれるはず。帝を苦しめる禍の正体は何なのか、紅姸と秀礼の仲はどうなっていくのか、ぜひとも紅姸の成長、変化と併せて最後まで見届けてほしい。

文=月乃雫

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