なぜ、問題が読み上げられる前に回答できる? 知識量より、“クイズに正解する能力”が必要。クイズ観が一変する小説!

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/2

君のクイズだ
君のクイズ』(小川哲/朝日新聞出版社)

 優勝賞金1000万円がかかった生放送番組「第一回Q-1グランプリ」のファイナリストとなった主人公の三島玲央は、「万物を記憶した絶対的王者」の本庄絆との決勝戦を迎える。あと一問正解すれば優勝となる最終問題が読み上げられる前に本庄絆がボタンを押し、そして優勝する。

 なぜ本庄絆は問題が読み上げられていないにもかかわらず正答できたのか? 不正なのか? それともクイズを極めたものが得られる魔法なのか?

 本庄絆の優勝に納得のいかない三島玲央は、本庄絆の過去からクイズ歴を調べ、真相を追っていく――。

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 クイズとは、一切の無駄のない純粋な“競技”である。

 小川哲氏の小説『君のクイズ』(朝日新聞出版)を読み終えるとそれまでのクイズ観が一変する。クイズが剣道やボクシングのように、対する者との瞬時の駆け引きと判断力、そして経験から培われる読みと勘によって勝敗が決するアスリートの“競技”だったことを知ることになる。卓越した記憶力だけでなく、論理的な思考と技巧によって「クイズ」は競われていたのだ。

 主人公の三島は言う。クイズとは知識量を競うものではなく、“クイズに正解する能力”を競うものなのだ。

 本書はクイズのプレーヤーが正答にいたるまでの技の数々が登場する。たとえば「日本でもっとも高い山は富士山“ですが”––」という、早押しクイズで引っかかるこの問題文を「ですが問題」と呼ぶ。三島はこの問題に「読ませ押し」を使う。「読ませ押し」とは、早押しボタンが点灯してから出題者が問題文を読むのを中断するまでのわずかな時間、出題者が勢いあまって発音してしまう声を聞いて答えを確定させるテクニックである。

 また「確定」は答えだけでなく、問題が「確定」することが重要になってくる。答え以上に、問題をいかに対戦者よりはやく確定できるかがクイズの勝敗を分けるカギとなるのである。ボクサーが筋力やスピード、スタミナを鍛えてもリングの上でパンチを当てる技術が劣れば勝てないように、クイズもまた、さまざまな出題に対応できるように頭に知識を詰め込んだところで、正解する能力を鍛えなければ実戦では役に立たないのだ。

 しかし本書を傑作と呼びたいのはこれらリアルなクイズ描写だけではない。クイズという競技からにじみ出る人間味こそが本書の醍醐味である。

 主人公の三島はクイズプレーヤーとしてのディテールを振り返り、ひとつひとつの正解の記憶を自らの人生と重ねていく。正解とは経験と記憶の結果であり、だからこそクイズの正解はプレーヤーの人生を肯定する。本庄絆の神がかり的な正答の謎を追い求めていくうちに明らかになる、ふたりのクイズプレーヤーの真の姿。

 クイズという競技小説にこれほど人間味を内包させた結末に驚きを禁じ得ない。そしてその論理的な帰結に読者は圧倒されるのである。

 極限までシンプルで純粋な競技である「クイズ」と同じく、『君のクイズ』は無駄のない、純粋なエンターテインメントなのである。ただただ見事というほかない。

文=すずきたけし

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