鉄を鍛えて刀をつくることは、自らの心を鍛えること――刀鍛冶の世界に飛び込んだ少年の再生と青春を描く感動作『青の刀匠』

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/24

青の刀匠
青の刀匠』(天沢夏月/ポプラ社)

 高校生コテツの日常は、突然の火災事故によって一変する。父親は重傷を負って意識不明となり、コテツ自身もひどい火傷を負ってしまう。そんな彼を引き取ったのは、遠縁にあたる老婦人の剱田かがりだった。実は彼女は日本唯一の女性の刀鍛冶であり、コテツはその弟子となる――。

 今年で作家デビュー10年目を迎えた天沢夏月氏。部活動小説というジャンルを確立させた一方で、せつなさに充ちた恋愛小説家としても人気を博している。思春期の心のゆれと、その爆発。部活や恋愛というテーマと添わせて数々の青春小説をものしてきた氏が、新作『青の刀匠』(ポプラ社)で扱うモチーフは「刀鍛冶」だ。この一風変わった題材からして、わくわくさせられる。

 主人公は、心身ともに傷ついた17歳の少年コテツ。『海が走るエンドロール』(秋田書店)の漫画家、たらちねジョンさんが装画を手がけた表紙のコテツのまなざしが強い印象を放っている。

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 東京を離れ、かがりの住む島根へやってきた彼は、学校になじめず不登校になる。左頬にできた火傷の痕に注がれる周囲の視線、心に刻みつけられた火への恐怖。それらに押し潰されそうになるコテツに、かがりは学校へ行かないのなら自分の仕事を手伝え、と言い放つ。

 この、剱田かがりという人物が魅力的だ。

 凛とした佇まいに、焔のような情熱を静かに秘めて、普通の老女、いや普通の人とはどこか異なる雰囲気を放っている。それは、ひとつの道を歩くことを続けてきた者だけに備わった雰囲気だ。

 刀鍛冶という仕事には、火が欠かせない。火を恐れるコテツに、かがりは敢えて火に向かわせる。学校へ行けない彼を、かがりが責めることはない。ただ、「自分の足で立つこたぁやめんな」と諭す。刀鍛冶の職人として生きてきたかがりには、家庭を持つ人や、子どもがいる人のような保護者的な感覚でコテツに接することはない。かがりなりの、刀匠としての言葉と態度でコテツを案じ、彼を支えようとする。

 そんな彼女の気持ちにふれたコテツは、刀鍛冶の世界へ足を踏み入れる。彼の目を通して作刀の工程が詳細、かつ分かりやすく描かれているのも本作の魅力のひとつだ。炭切りにはじまり、刀の素材となる玉鋼(たまはがね)を火で熱する。槌で打って伸ばす。水で冷やして整える。満足のいく一刀が生まれるまで、職人たちはひたすらそれを繰り返す。

 先人たちが積み上げてきた技術と知識を受け継ぎ、それを次の世代へとつなげていく世界。その世界の一端に自分がいることに気づいた瞬間、コテツの再生がはじまる。

 また、刀づくりをテーマとしている以上、避けられない問いかけも浮かんでくる。

 人を殺す武器である刀を、自分たちはなぜつくるのか?

 この疑問にかがりも、コテツも、先輩弟子たちも真剣に向きあい、葛藤しながら刀をつくる。明快な答えを出すことそれよりも、考え、葛藤することをやめない姿勢が大切であるというかのように、悩む彼らの姿が丁寧に綴られる。そしてそれは作者自身の、“書くこと”への思いとも重なっているように感じられる。

 伝統文化の継承と、ひとりの少年の成長物語があざやかに合致して、厚みのある青春小説となっている。天沢夏月という作家の、10年目の結実がみごとにあらわれた作品だ。

文=皆川ちか

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