附属池田小事件の犯罪被害者である著者が、「加害者」の“かなしみ”にも寄り添おうとする理由

社会

公開日:2022/11/22

 一度でも大切な人を亡くしたことのある方なら、それがどんな深い悲しみ、混乱、「もっと何かできなかったのか」という後悔…さまざまな感情をもたらし、前を向く力さえ奪ってしまうような重いものだということをご存じかもしれない。そうした深い悲しみや苦悩は「グリーフ」(悲嘆)と呼ばれており、個人差はあっても喪失体験をした際には誰にでも自然に起きる情緒的反応といわれている。

 日々の生活でグリーフが鎮まっていけばいいけれど、なかなかうまくいかないこともある。そんなときには「グリーフケア」という悲しみに寄り添う行為が大事とされているのをご存じだろうか。『かなしみとともに生きる ~悲しみのグラデーション~』(本郷由美子/主婦の友社)は、そうしたグリーフケアの担い手である著者が、「かなしみに寄り添う」とはどういうことなのか、深い思いを綴った1冊だ(注:本書によれば「かなしみ」には「悲しみ」「哀しみ」「愛しみ」などさまざまな感情が含まれている)。

 実は著者の本郷さんは2001年に大阪府の大阪教育大学附属池田小学校で起こった児童殺傷事件でお嬢さんを殺された母親である。愛する娘を失い、犯罪被害者として世間の視線にさらされ、自死も考えるほどの絶望と悲しみ、苦しみを味わった本郷さんは、多くの人の助けとグリーフケアとの出会いによって、「生きていていいのだ」と自らの心を救い出すことができたという。そして身をもってグリーフケアの大事さを知ったことをきっかけに専門的な学びを深め、現在はグリーフケアの担い手として活動。事件や事故の被害者、被災者、身近な人を亡くした方、終末期を迎える方、障害を持つ方々など多様なかなしみに寄り添う活動のほか、全国各地でグリーフケアを広め、いのちの大切さを訴える講演会などを行っている。本書には突然起こった残虐な事件とどう向き合い、なぜ他の人のケアをすることになったのか――そうした心の葛藤と軌跡がありのままに綴られており、心を打つ。

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 中でも本郷さんの活動で印象的なのは、犯罪の加害者である受刑者のかなしみにも寄り添っていることだろう。附属池田小事件の加害者は幼少期にネグレクトや暴力にさらされていたようだ。それが加害者になってしまった。そうした負の連鎖を防ぐにはグリーフケアが救いになるのではないか――そう考えた本郷さんは、心の距離を作らないために犯罪被害者であることは明かさずに、グループワークで加害者たちと向き合っているという。「深いかなしみを通したからこそ生まれる優しさは、怒りや憎しみなどのエネルギーも生きる力に変えてくれたのです」との本郷さんの感慨が胸にしみる。

 また本書には、附属池田小事件で重傷を負ったが命を取り留めたAさん、亡くなった娘さんの親友だったけいかくん(彼も負傷した)、さらには本郷さんの次女(事件当時3歳)のことも綴られている。すでに大人になった彼らだが、事件の後にどんな気持ちを抱え、どう向き合って生きてきたのか、あまり紹介されることのない被害者たちの胸の内を知る貴重な1冊でもある。

 本書によればグリーフは人やモノだけでなく、「環境」を喪失した場合でも起きるものなのだという。その意味では、コロナや戦争など激変する時代に生きる私たちは誰もが「グリーフ」を潜在的に抱えているし、現在は本郷さんの言うように「かなしみに寄り添い、支え合うグリーフケアが求められる時代」なのだろう。だから、もしも苦しくなったら、誰かに助けを求めていいし、それができる社会でありたい。どんなつらいことがあっても人は再生できることを教えてくれる本郷さんの本を読みながら、強くそう思った。

文=荒井理恵

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