年代を超えて愛される、上橋菜穂子の『守り人シリーズ』――全14巻に及ぶ壮大な物語を作品ごとに紹介①『精霊の守り人』

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/1

精霊の守り人
精霊の守り人』(上橋菜穂子/新潮社)

 なんで、自分なのだろう。

 理不尽な目に遭い、思いがけない重荷を背負わされたとき、そう思った経験のある人は少なくないだろう。やりきれない葛藤は、時間を経るごとに怒りや悲しみを生む。その感情をコントロールするのは、容易いことではない。しかし、感情のままに己の刃を振り回せば、不必要に人が傷つく。

精霊の守り人』に登場するチャグムは葛藤を抱える者、バルサは葛藤を抱えながらも、刃を収める術を身につけた者である。

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 なんで、自分なのだろう。

 答えのない問いに道を阻まれるたび、私は、この物語の扉を開く。作中にちりばめられた、あらゆる台詞から力を得るために。

 1996年、偕成社より初版が刊行されたファンタジー長編小説『精霊の守り人』。新潮文庫のあとがきに、著者である上橋菜穂子はこう綴っている。

「本書『精霊の守り人』を書きはじめたとき、バルサとチャグムの物語を十年以上にわたって書き継いでいくことになろうとは、夢にも思っていませんでした。」

 全14巻にも及ぶ壮大な物語の序章ともいえる作品、それが『精霊の守り人』――著者の代表作『守り人シリーズ』の第1作である。

 物語の舞台は、青弓川と鳥鳴川に挟まれた水の都、新ヨゴ皇国。帝が支配するこの国の第二皇子チャグムが、ある日、事件に巻き込まれる。そこにたまたま通りがかった腕利きの女用心棒バルサに、第二皇子は間一髪、命を救われる。しかし、この出来事は、それより後長きにわたり続いていく旅の幕開けに過ぎなかった。

 バルサは、強い。それはひとえに、彼女が命を取るか取られるかの状況に常に身を置いて生きてきた証にほかならない。強くなければ生き延びられない。その過酷な現実を、幼少期から突きつけられてきたバルサ。それゆえに燻り続ける身の内の炎を持て余していたところに、突如飛び込んできた「チャグムを救う」という任務。チャグムと出会い、彼を守る日々を送るなかで、バルサは自身の過去を見つめ直す機会を得る。

 望まぬ形で運命に翻弄されるチャグムと、似たような過去を持つバルサ。2人はいつしか、互いに心を寄せあい、親子にも近しい絆を育んでいく。そんな2人を陰ながら見守る、呪術師トロガイやタンダの存在も、本作を語る上では欠かせない。タンダが持ち得る温かい眼差しは万人の心を和ませ、トロガイが発する毒と真理の境目のような台詞は、私たちに様々な問いを投げかける。

 タイトル『精霊の守り人』が意味するところ、命の不思議、目には見えぬが在る世界、これらは到底語り尽くせるものではない。また、本作で描かれる出会いと別れのシーンもまた、忘れ得ぬ情景として私の脳内にくっきりと刻まれた。

 出会いの先には別れがあり、別れの先には新たな出会いがある。シリーズ2作目『闇の守り人』へと続く扉が開かれる後半、読み手の胸は、静かに高鳴るだろう。

文=碧月はる

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