『妻が口をきいてくれません』野原広子最新作! 昼逃げ、誘拐、洗脳…父親なのに父親ではいられない42歳バツイチ男性の残酷で奇妙な日常とは

マンガ

公開日:2022/11/25

『妻が口をきいてくれません』『離婚してもいいですか? 翔子の場合』などの著者・野原広子さんによる最新作『今朝もあの子の夢を見た』(集英社)は、想像もつかない展開にゴクリと息を呑み、妻や夫、子を持つ親にとっては特に、悪夢のような日常を擬似体験することになる1冊である。

今朝もあの子の夢を見た P27

 スーパーで青果係をしながら一人暮らしをする山本タカシは、42歳のバツイチ。今や、バツイチなんてめずらしくないことかもしれない。ただ、タカシが不幸なのは、“父親なのに父親でいられない”ことだ。

 かつてタカシには1人の娘がいた。ところが娘が7歳のとき、妻が娘を連れてどこかへ消えてしまった。もう10年も娘に会えていない。親にとって、愛おしいわが子に会えなくなることほどつらいことはない。

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 なぜ家族は離れ離れになってしまったのだろうか。優しくていい人に見えるタカシは、本当は悪い人なのだろうか。DVがあったのだろうか。それとも…。

今朝もあの子の夢を見た P8

「今日も仕事頑張るか。なんのために? いやいやお金のため。自分のため」と、父親でいられない男は今日も嘆いている。朝は目が覚めたから仕方なく起き、自分のためにごはんを作って、いつものように働く。生きている意味はわからない。夜眠ると、いつも「あの子」の夢を見る。変わらない毎日の中でニコニコと笑うタカシだが、笑顔になればなるほど、その姿が悲しく目に映る。

今朝もあの子の夢を見た P46

「娘は誘拐されたんだ」タカシの口からは穏やかでないワードが飛び出す。昼逃げ、洗脳という言葉まで出てきて、物語はダークな一面を見せる。野原広子さんの描く絵は柔らかく日常的で、その中に非日常的な出来事が現れたとしても違和感がない。だからこそ、「こういうことって現実にあるんだろうな」という気持ちにさせられ、その上で「さて、自分はどうだろうか」と自分事に置き換えられてしまうところが、怖いところであり、面白さだと感じている。

 この家族がなぜこうなってしまったのかを早く確かめたくて、ページをめくる手に力が入る。頭によぎるのは、「自分だけには絶対にこんな日常が訪れませんように。自分の家族が同じ道を辿ることはありませんように」と願う気持ちだった。

明けないままの夜があるかもしれない

 本書はウェブメディア「よみタイ」で常にランキング上位になっていた連載に、書き下ろしを加えて刊行したもの。連載の続きが気になっていた人は、ここでようやくタカシの家族の本音を知ることができる。筆者の場合は、ラストまで読み、人間が悪意なく作り出してしまった現実の残酷さと奇妙さに衝撃を受けた。一方で、作者からこの家族に投げられたほんのすこしの救いの手に、温かみも感じている。

 1人の親としては、片親から引き離された子の複雑な気持ちや、親が悲しむ姿が子に与える影響について考えさせられている。タカシの娘・さくらが父親と過ごした時間を思い出す終盤の一場面はあまりにも切なくて、目の奥に焼き付いたまま離れない。

 幸せ絶頂の日常から突然、奈落の底に突き落とされたタカシ。いくら後悔しても、あの幸せな日々は二度と戻ってこない。そんなタカシの孤独と絶望を目にして、身近な人の言葉をないがしろにしてはいけないのだ、という教訓を受け取っている。明日から家族に向ける気持ちがちょっと変わりそうだ。

文=吉田あき

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