島尾ミホ、田辺聖子、辺見じゅん…不朽の名作を生んだ女性作家たちの父への思いとその生涯をひもとく

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/26

この父ありて 娘たちの歳月
この父ありて 娘たちの歳月』(梯久美子/文藝春秋)

 父親とは一体何なのだろう。憧れであり、強い愛着を感じると同時に、畏怖の対象であり、永遠に解けない呪いのようにも、目の前にそそり立つ壁のようにも感じる。父親を愛していないわけではないはずなのに、時に憎々しくも感じる。父親という存在は何とも捉え難い。父親への思いを上手く言い表すことはきっと多くの人にとって難しいことだろう。

 女性作家たちは自らの父親をどのように捉えていたのだろうか。それに迫るのが『この父ありて 娘たちの歳月』(梯久美子/文藝春秋)。『狂うひと』『原民喜』『サガレン』など、話題作を発表し続けるノンフィクション作家・梯久美子さんによる一冊だ。この作品では、9人の著名な女性作家とその父親との関係がひもとかれていく。その関係が明かされていくごとに、彼女たちの生涯に父親という存在が与えた影響の大きさをうかがい知ることができる。

 父親が願ったような幸せな結婚生活を送れず、父親を孤独の中で死なせたことを後悔し続けた島尾ミホ氏。父親を生涯指標とし続けた石牟礼道子氏。「女の自立」を説いた父の望んだ道へと進んだ茨木のり子氏。父親が望んだ道に進めなかったからこそ、父親が生きた時代・戦争の時代を描き続けた辺見じゅん氏。敗戦後、父親が見せた弱さを受け入れることができなかった田辺聖子氏。父・萩原朔太郎の犠牲者としてこの世に生まれたという思いを抱え、だからこそ、作家の道を志した萩原葉子氏…。この本で描かれる父娘関係は多種多様。父親を尊敬し続けた者もいれば、その存在を疎ましく思いながらも、離れ難く感じた者もいる。

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 特に印象に残ったのは、300万部を超えるベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』で知られる渡辺和子氏のエピソードだ。修道女であり、ノートルダム清心女子大学で初めての日本人学長となった彼女。その父は、二・二六事件で命を落とした軍人・渡辺錠太郎だった。和子は9歳の時に、目の前で父親が射殺されるのを目撃したのだという。これほど惨いことはないと感じられるのに、2011年、梯さんが彼女にインタビューした際、彼女はこう言ったのだそうだ。

「いいえ、私はあの場にいることができて本当によかった。私がいなければ、父は自分を憎んでいる者たちの中で死ぬことになりました。私は父の最期のときを見守るために、この世に生を享(う)けたのかもしれないと思うときがございます」

 また、和子が50代になろうとする頃、父を殺した側の人間に会った時には、未だに消えていない恨みの念に気づいた。と同時にうれしかったのだとも言う。

「やっぱり私の中には父の血が流れている。そう思って、うれしかったですね」

 この本を開けば、彼女たちが経験した壮絶なエピソードにあっと驚かされることもあるし、その捉え方に「さすが物書きは違う」と唸らされることもある。だが、それでいて、どこかで共感の念も感じる。人それぞれ形は違えど、そこにあるのは、父親への愛にほかならない。

 彼女たちは書くという行為で父親との関係を見つめ直し続けたのだろう。女性作家たちの父娘関係が明かされるにつれ、彼女たちの生涯が色鮮やかに浮かび上がっていく。そして、それに触れているうちに、読者も、自らの父親に対する思いを相対化することができるような気がする。あなたにとって父親とはどのような存在だろうか。この本であらゆる父娘関係をひもときながら、一度考えてみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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