牛丼、カップ焼きそば、立ち食いそば…無性に食べたくなる異色の“飯テロ”マンガ『めしばな刑事タチバナ』

マンガ

公開日:2022/12/15

めしばな刑事タチバナ
めしばな刑事タチバナ』(坂戸佐兵衛:著、旅井とり:作画/徳間書店)

 食材、食品の値上げが続く昨今、手軽でお安いチェーン店やインスタント食品は私たち庶民(の財布)に寄り添ってくれる存在だ。またこれらの味はほぼ日本全国で食べることができるため、SNSでは共感されやすく、誰とでも会話のネタになる。その話は、聞いているだけで味が想像できてしまう。

 そんな身近で実用的なめしの話、略して「めしばな」を描いたマンガが『めしばな刑事タチバナ』(坂戸佐兵衛:著、旅井とり:作画/徳間書店)だ。登場するチェーン店名、食品ブランド名、商品名は全て実名であり、本作には以下のような但し書きがある。

この作品に現れる都会は架空のものである
登場人物も場所も全て虚構である
ただし“めしばな”は実際の捜査方法に基づいている

 2010年から『週刊アサヒ芸能』(徳間書店)で連載中、単行本は2022年時点で47巻まで発売している。長年読まれ続けてきた本作の魅力を紹介したい。

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牛丼チェーン! カップ 焼きそば! 身近めしを語りつくす異色のグルメマンガ

 主人公であり“語り部”が城西署の刑事・立花だ。元は本庁勤務のエリートだったが、張り込み中に大手立ち食いそばチェーン「名代 富士そば」の魅力に抗えず入店。食べている最中に犯人を取り逃がして左遷されてきた。

 物語は立花が城西署の同僚や取り調べ中の犯人に、身近なめし(とブランドやお店)への愛情とこだわりとうんちくである「めしばな」を語りつくしていく。その内容は店や食品の歴史、コンセプト、価格に加えて、登場した時代背景や歴史や変遷などだ。

 チェーン店やインスタント食品ブランドを知ったうえでこの「めしばな」を読めば、あの味の実感が思い出され、ただただお腹が空いてくるだろう。では個人的に「飯テロすぎる!」と感じた「めしばな」エピソードを二つ紹介する。

牛丼サミット(1巻、2巻)

 3大牛丼チェーン「吉野家」「すき家」「松屋」について語る「牛丼サミット」は、何巻にもわたって複数回開催された。立花は歴史の長い「吉野家」という糟糠の妻に世話になってきたが、今は愛人と呼ぶ「松屋」に顔を出し、急成長した「すき家」がちらちら視界に入っていたという。牛丼を愛する立花のトークは止まらない。牛丼チェーンの戦国史を振り返る。80年代からの3大チェーンの覇権争いを、魏呉蜀にたとえて“牛丼三国志”と呼んだ。牛卵とじ丼をひっさげた「らんぷ亭」や関西からの刺客「なか卯」が頭角をあらわし、バブルの崩壊とともにコスパの高い牛丼がさらに人気を高めた90年代を語る。200円台にそろって値下げし、BSE問題による牛丼の販売封印期間があった2000年代を経て、今もなお三国志状態は健在なのだ。

 牛丼は多少の値上げはあるものの、令和の今もコスパの高い身近めしであり続けていることは間違いない。一時期、吉野家の“アタマの大盛り”牛丼”、松屋の鉄板で焼いた多彩な定食、すき家のチーズ牛丼でランチのローテーションを組んでいたことを思い出した。

ソース味カップ焼きそば選手権(3巻)

 城西署は北海道出身の犯人の取り調べで、道内限定販売のカップ焼きそば「マルちゃん やきそば弁当」の話題で盛り上がっていた。この焼きそばは、湯切り後のお湯に付属の粉末を混ぜてスープにできるのが特徴で、北海道のソウルフードのひとつだったのだ。その流れで「ペヤング やきそば」「日清焼そばU.F.O.」「一平ちゃん夜店の焼そば」というカップ焼きそば“3強”のどれが一番うまいか討論会が開催される。「ペヤング」で味わえる郷愁とは? 「U.F.O.」の魅力は“いいかげんさ”? テロリズムと中毒性という物騒なコピーで立花が推す「一平ちゃん」の邪道的スタンスの正当性とは? かみ合わない議論のはてに出た結論とは――。

 私の個人的な好みは「一平ちゃん夜店の焼そば」。付属の特製からしマヨネーズ(マヨビーム)小袋がたまらない。私は「一平ちゃん」をきっかけにして普通の焼きそばにマヨネーズをかけるようになった。最近は年齢を考えて自重しているが……。

お気に入りの味を思い出す「めしばな」を読んだら向かう先は……

 繰り返すがチェーン店やインスタント食品はいつも私たちの傍にある。たまには個人店や高級店でも食べ、凝った料理をすることがあっても、ふだん食べ続けてきた身近めしには誰もが愛情とこだわりがあるものだ。私もこれらのお店や食品をただ安いから食べる、ではなく好物だと胸を張って言える。

 本作は幅広いジャンルの「めしばな」を描いている。立ち食いそばチェーン、讃岐うどんチェーン、こってり系のラーメンチェーン、ファミリーレストラン、袋入りラーメン、缶詰、アイス……。さらに一部のご当地・ローカル店舗やブランドにも言及している。読んでいけば必ず、自分の好む何かについての「めしばな」と出合うはずだ。

 あなたは今、牛丼かカップ焼きそばを食べたくなっているだろう。書いている私もそうなのだ。これを書き終えたらさっそくお店に向かうつもりだ。本作を読んで食べて、また読んで食べて、というループにハマってしまったら申し訳ない!

文=古林恭

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