「金椛国春秋」シリーズ著者がおくる、五胡十六国時代を舞台にした中華ファンタジーの最新刊『霊獣紀 蛟龍の書(上)』

文芸・カルチャー

公開日:2023/1/17

霊獣紀 蛟龍の書(上)
霊獣紀 蛟龍の書(上)』(篠原悠希/講談社)

 シリーズ30周年を迎えた小野不由美氏の大ヒット作『十二国記』や、テレビアニメ化もされて大ブレイク中の白川紺子氏の『後宮の烏』など、中華ファンタジーは長年多くの読者の心を掴み、近年ますます盛り上がりをみせている。

『後宮に星は宿る』から始まる「金椛国春秋」シリーズのヒットで知られる篠原悠希氏も、中華ファンタジーのジャンルで活躍を続ける人気作家のひとりだ。そんな篠原氏の最新刊『霊獣紀 蛟龍の書(上)』(講談社)が、このたび刊行された。

「霊獣紀」シリーズは、『三国志』で有名な三国時代の後に続く、五つの異民族が十六の国々を林立して争った五胡十六国時代を舞台にした物語である。人界に降りた霊獣の幼体が、乱世に生きる若き青年に聖王のしるしを見出すというフレームのもと、武人と霊獣の唯一無二の物語が紡がれていく。歴史小説らしい複雑な人間ドラマと、中華ファンタジーならではの壮大な設定が融合した快作だ。

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 シリーズの幕開けを飾る『霊獣紀 獲麟の書(上・下)』(講談社)では、霊獣・赤麒麟の幼体である一角と、匈奴の少数部族、羯族のベイラの物語が紡がれた。続く『霊獣紀 蛟龍の書(上)』では、幼い蛟・翠鱗と氐族出身の少年・苻堅の出会いが描かれていく。

 涸れ井戸で生まれた青い蛟・翠鱗は、赤麒麟の一角に拾われて行動を共にする。一角からさまざまなことを学び、人間の子どもに変化できるようになった翠鱗は、成長を遂げるため、人界に降りて天命を受けようと決意する。だが天命を授ける西王母の山に辿り着く前に、聡明で光暈をまとった苻堅と出会い、彼こそが自分の聖王だと思い人界に留まった。未熟でどこか危なっかしい翠鱗と、戦乱が絶えない世において、諸族が融和した「兼愛」の国家実現を願う理想家の苻堅。翠鱗は苻堅を守護し、彼の覇業を助けることで自らの天命が果たされ、空を翔ける成龍になると信じているが……。

 前巻の『霊獣紀 獲麟の書(下)』では流血を嫌う一角が衰弱するほど激しい戦闘が続いたが、本作の主人公・苻堅は天子が万人を隔てなく慈しむ太平の世を目指している。理想を掲げながらも、若き将軍として現実を冷静に見つめる理性も持ち合わせた苻堅は、魅力的な人物だ。

 自分自身が霊獣なのかどうかわからないという悩みを抱える翠鱗だが、苻堅を見詰めるまなざしはまっすぐでまぶしい。翠鱗と苻堅のお互いへの信頼感が育っていくのを見守りながら、思わず2人の幸せを願っていた。

 偉業を成し遂げようとする人間と、彼に寄り添う霊獣が辿る結末は、上巻では最後まで明かされない。翠鱗は光輝を戴くもうひとりの人物と出会うが、史実もふまえると、この人物が今後のストーリーのキーパーソンになるのだろう。2月に刊行予定の下巻を楽しみに待ちたい。

文=嵯峨景子

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