「リンゼイさん殺人事件」の逃亡犯自身による、まさに戦慄の逃亡記録

更新日:2018/10/24

逮捕されるまで―空白の2年7カ月の記録 ─ 空白の2年7カ月の記録

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:ビジネス・社会・経済 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:市橋達也 価格:1,092円

※最新の価格はストアでご確認ください。

なんともいえない「読書体験」だった。書かれている事実をノンフィクションとして興味深く読む自分と、倫理観から嫌悪感を持つ自分…その2つの間を行き交うような体験。なんたってこの本は、「リンゼイさん殺人事件」として全国で指名手配された逃亡犯自身による「逃亡記録」なのだから。しかも、現在は無期懲役判決を受けて服役中の市橋達也が、この本を書いたのは公判前。出版に際しては遺族も嫌悪感を示すなど社会的にも話題になったので、記憶されている方も多いだろう。私自身も、出版当時はこういうことで「お金儲け」をする行為自体に納得がいかず手にもとらなかったが、出版から1年、結審から半年を迎え、たまたま読む機会に遭遇した(ちなみに出版による利益は遺族にとしたが、遺族が受け取りを拒否したため、公益に使われる予定とか)。

advertisement

読んで印象的なのは、その観察眼のするどさと客観性だった。逃げた道筋、どうやって過ごしたかについての記述はかなり細かく、時には細かいイラストも交えて記録されている。逃げるために考えた戦略や行動もかなり具体的かつ冷静で、重大犯罪の逃亡犯であるという悲壮感はあまりない。時折、リンゼイさんへの謝罪を述べるものの、どこか希薄。どこか離人症的な感覚というのか、真意に疑問が残る印象だ。

ただ唯一、著者自身の思いがほとばしるのが、犯人追跡ものの番組が「市橋はゲイとなって逃亡した」という内容を否定するくだり。「どうしても抗議したくなった」「ゲイになるくらいなら死んだほうがいい」と、そこだけ感情がむき出しになる。つまり、自己顕示欲の強さ、プライドの高さ、という市橋のリアルな性格的側面が、その一点に集約しているということなのだろう。

考えてみれば、こうした手記を公判前という微妙な時期に書こうとすること自体、本人は贖罪のひとつというが、相当にあきれた話で、「悲劇のヒーロー」にでもなったかのような身勝手な心理状態をもかんぐってしまう。第一、なぜこんな事件を起したのか、ということは一切述べられていない点にも驚かされる。ほかにも「感謝というものを知らない」と言い放ち、誰かにしてもらったことに対し「これが感謝なのかと思った」と書くあたりも、あえて自分は「感情機能不全なのだ」と暗に示しているような自己演出、あざとさを感じてしまう。しかし、このような自己中心的なモンスターはどうやって生まれてしまうのだろうか(ちなみに本の中では生育歴にはまったく触れられていない。まさに「逃亡記録」でしかない)。その意味で、利己的な人間が増える社会を考えるための実例にはなるだろう。とにかく不穏な感覚に戦慄する1冊だ。


「はじめに」より

「はじめに」の最後には本を書いた意図が

「目次」より 時期ごとの章立てになっている

本文見出しは同じ形式 場所+時期

本文より

巻末のことわりがき