幸せとは? 大人とは? シリーズ5作目『しあわせアフロ田中』が教えてくれる2つの学び

マンガ

公開日:2023/1/22

しあわせアフロ田中
しあわせアフロ田中』(のりつけ雅春/小学館)

 アフロヘアーの青年、田中広(たなかひろし)の人生を描くギャグ漫画が「アフロ田中」(のりつけ雅春/小学館)シリーズだ。第6部『結婚アフロ田中』までの累計発行部数は650万部(2022年時点)で、『マイホームアフロ田中』が連載を開始したばかりである。

 本稿ではシリーズ第5部にあたる『しあわせアフロ田中』を紹介したい。シリーズのなかでこちらをおすすめする理由は、田中がしっかり笑わせてくれるのはもちろん、珍しくほっこりした気分にさせてくれ、そしてちょっと泣かせてくれるからだ。

 そしてタイトル通り「幸せ」についてを教えてくれる。『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)誌上などで『アフロ田中』で笑っていた人は「あの『アフロ田中』で?」と思うかもしれないが、本書を読んでもらえば、きっと理解していただけると思う。

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累計発行部数650万部の「アフロ田中」シリーズとは

 アフロヘアーがトレードマークの田中は高校からの友人や、仕事先の仲間たちと、どうでもいい世間話で盛り上がる。その内容のほとんどは“女性”について。基本的に田中も含めて女性との交際経験がほぼないメンバーが、非常に偏った理屈で女性や恋にまつわるトークを展開、突飛な行動を起こして多くの場合トホホな結末を迎える。

 そんななか、田中はモテたい盛りの10代(『高校アフロ田中』『中退アフロ田中』)を経て、仕事をしながら恋の相手を探す20代(『上京アフロ田中』『さすらいアフロ田中』)を過ごす。彼はそのなかでついに男女交際を経験し、2人目の恋人・ナナコこと山田奈々子(やまだななこ)と出会う――。

 田中は夢や目標は特になく、大きく成長することもない。おかしな主張と行動で私たちを笑わせ続ける。どれも風化するようなネタではなく、いつ読んでも笑ってしまう(下ネタも多いが)。とはいえ、少しアホなフツーの青年の人生をここまで長く描いた作品が続いているのは、間違いなく多くの読者(特に男性)に共感されているからだ。

 現実で自分たちが「成長したな」と実感できている人はどれだけいるだろうか……。田中(とその友人・知人たち)は、読者である私たちなのだ。彼らの言動は、いつ読み返しても「アホだなあ」と笑ってしまうが、それは自嘲なのである。

30代を前に、幸せを求めて田中が走り出す!

 そして本作『しあわせアフロ田中』。28歳になった田中は、職場の旭工務店での昇進を持ち掛けられるが断って退職してしまう。高校時代からの友人・村田と、古民家をセルフリノベーションしてゲストハウスを開業するためだ。

辛い労働が大半を占めている人生って…
おかしいに決まっている
もっと他の生き方があるはずだ!!
もっと幸せな生き方があるはずだ!!

 30歳を前にして微妙にイタい……が、起業するにはこれくらいのモチベーションが必要なのかもしれないと妙に納得してしまった。

 かくしてこれまた高校時代からのツレのひとり・大沢も合流し、希望に燃えた3人のゲストハウスは、完成することなく火事で燃え尽きてしまう。ひとしきり落ち込んだ後、田中は「アフリカへ行き世界を平和にする 立派な大人になるために」と母親に告げるが、こう諭される。

ふつーの大人になってから立派を目指せー!!!
バカヤロー!!!

 諭されるというか一喝された田中は、恋人のナナコにもいろいろと見失って無職になったことを咎められ、旭工務店に再就職した(実は2回目)。そして「雨降って地固まる」なのか田中とナナコは、ついに同棲を始める。ちなみにナナコは若手漫画家で、同棲後に連載を始める。夢を叶えた彼女だが、なかなかうまくはいっていない。

 本作を読んでいくと「何が幸せなのか」と不安になる。はっきり言って田中を含めて誰も幸せには思えないからだ。夢を抱いても、抱かなくても同じように見えるし、ギャグ漫画のはずなのに、だんだん辛い現実を見せられているような気もしてくる。それでも笑ってしまうのだが……。

 だが最終10巻で田中は幸せを感じる。細かくは書かないが、ナナコと結ばれるという単純なものではない。ラストまではさんざん笑えて、最後に泣けてしまうかもしれない。

あの田中が私たちに教えてくれること

 単行本の描き下ろしで「ストーリーも内容もない、田中はただ今日という日を一生懸命生きているだけ」と作者・のりつけ雅春氏はうそぶく。だが筆者はこの『しあわせアフロ田中』から2つの学びを得た。

 ひとつ目は「幸せとは立派な大人になることでも夢を叶えることでもない」だ。田中は普通の仕事を辞めて飛び出して、誰かのためになる立派な夢のために起業しようとする。ただそれがうまくいかない。ナナコは漫画家になり連載をして単行本を出す。しかし苦しいだけだった。

 では何が幸せなのか。田中はそれにはたと気付く。筆者はその部分を読んで首が痛くなるほど頷いてしまった。ここはぜひ読んで確かめてみてもらいたい。ふたつ目の学びは「私たちは幸せが何かを理解できたとき、ようやく大人への第一歩を踏み出せる」ということだ。

 繰り返すが『しあわせアフロ田中』は、泣けて学びになるギャグ漫画である。個人的には続けて『結婚アフロ田中』も読むことをおすすめしたい。

文=古林恭

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