『このミステリーがすごい!』大賞受賞! 認知症の祖父が安楽椅子探偵に!? 愛と優しさに満ちた連作ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2023/1/30

名探偵のままでいて
名探偵のままでいて』(小西マサテル/宝島社)

 なんと愛にあふれた小説だろうか。第21回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『名探偵のままでいて』(小西マサテル/宝島社)を読み、完全に心を射抜かれてしまった。

 本作は、レビー小体型認知症の老人が安楽椅子探偵として謎を解く連作ミステリー。認知症の約7割を占めるアルツハイマー型と違い、レビー小体型認知症の特徴は「幻視」を伴うこと。主人公・楓の祖父も「青い虎が書斎に入ってきた」などと自分にしか見えない光景を語るうえ、記憶障害や手足の震えといった症状にも見舞われている。

 だが、小学校教師の楓が身の回りで生じた謎について話すと、祖父の頭脳は活発に動き始める。居酒屋のトイレという密室空間で起きた殺人事件の真相は? 衆人環視の学校プールで、教師はどうやって姿を消したのか。教室に32人しかいないはずの生徒が、33人に増えたのはなぜなのか。川辺で起きた殺人事件の目撃者は、なぜ姿を消して名乗り出ようとしないのか。フランスの煙草ゴロワーズを深く吸い込み、老人は紫煙のスクリーンに鮮明な“絵”を描いてみせる。

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 この祖父の描き方が、実に魅力的だ。体調に波はあるものの知性にはなんら衰えはなく、高潔な人格もかつてのまま。自身がレビー小体型認知症だと自覚し、時に苦悩を味わいつつも、孫娘に惜しみない愛をそそいでいる。認知症というと、両手から砂がこぼれ落ちていくようにいろいろなものを失っていくようなイメージがある。だが、楓の祖父を見ていると、必ずしもそうではないのだと感じさせてくれる。たとえ認知症になっても、その人の核となるものが損なわれることはない。以前と地続きの人間であるという描き方に、勇気づけられる読者も多いのではないのだろうか。そんな祖父の容態を案じつつも、彼の尊厳を大事にする楓の姿勢にも胸を打たれる。

 事件の推理も、愛にあふれている。探偵役をつとめる祖父は、ひとつの事件から時にふたつの解を導き出すことがある。最初に提示するのは、現実のシビアさを突き付ける答え。だが、あとから手品のようにもうひとつの“美しい絵”を描き出してみせる。その謎解きの鮮やかさにハッとしつつ、祖父が事件関係者に向ける優しいまなざしにも心をつかまれる。最終話では、楓たち自身も事件に巻き込まれ、一気に物語が加速していくのもスリリングだ。

 また、謎解きの過程では、ディクスン・カー『四つの凶器』、F・R・ストックトン『女か虎か?』、ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』といった古典ミステリーについても言及され、マニア心をくすぐってくれる。ミステリー愛のほか、落語、プロレスに対する愛にあふれる記述も見られ、にやりとさせられる。

 さらに、楓をめぐる恋愛模様も見逃せない。同期の男性教師・岩田にまっすぐな好意を向けられたかと思えば、岩田の後輩で変人劇団員の四季とも恋が芽生えそうな予感。「付き合うなら四季のほうが楽しそうだけど、ひねくれ者だし苦労しそう」「でも、岩田は岩田でちょっと暑苦しくないか……?」などと、自分だったらどちらを選ぶか妄想をめぐらせるのも楽しい。ぜひとも彼らのその後を続編で描いていただきたい!

 ちなみに、著者の小西マサテルさんは『ナインティナインのオールナイトニッポン』をはじめとするラジオ・テレビ番組の構成作家だそう。きっとお忙しい方だと推察されるが、早くも次回作が待ち遠しくてたまらない。

文=野本由起

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