「歪な関係」から新たな「家族」に――それぞれに傷つき身を寄せ合って生きてきた三人きょうだいの“勇気”と“希望 ”の物語

文芸・カルチャー

更新日:2023/2/14

つぎはぐ、さんかく
つぎはぐ、さんかく』(菰野江名/ポプラ社)

「ポプラ社小説新人賞」はポプラ社の編集者たちが、一人の読者として純粋に「面白い」と思い、作者と一緒に「最高の一作を作り上げたい」と願う作品を選ぶというものだ。前身のポプラ社小説大賞を含めると、これまでに小川糸さん(『食堂かたつむり』)、伊吹有喜さん(『四十九日のレシピ』)、寺地はるなさん(『ビオレタ』)、中島久枝さん(『日乃出が走る』)、前川ほまれさん(『跡を消す』)など、数々の人気作家を送り出してきた実績がある。そんな注目の賞で、満場一致で第11回の新人賞を受賞し、このたび単行本化されたのが、菰野江名さんの『つぎはぐ、さんかく』(受賞時の「つぎはぐ△」から改題)(ポプラ社)だ。

 惣菜と珈琲のお店「△(さんかく)」を営みながら、ヒロは晴太(はるた)と中学3年生の蒼(あお)の三人兄弟だけで暮らしていた。ヒロはとっさの対応にちょっと戸惑ってしまうこともあるけれど、毎日作るお惣菜やランチはお客さんにも好評で、晴太が豆からひいて淹れるコーヒーには常連もついている。小さな店は大繁盛とはいかないまでもそれなりになんとかなっていて、元気に中学校へと出かける蒼を見守りながら、おだやかに毎日を過ごしていた。そんなある日、蒼が卒業とともに家を出たいと言い始める。これまでの三人での暮らしをずっと続けていきたいと願っていたヒロは、驚き、激しく反発するが――。

 とても仲の良い三人兄弟だが、物語が進むにつれ明らかにされるのは、彼らの「歪な関係」だ。それぞれが事情を抱え、心に傷をもちながらも、さまざまないきさつが重なって、身を寄せ合うようにして生きてきた。そんな三人の関係を繋ぎ止めていたのが「蒼」の存在であり、実は「ちゃんと蒼を育てること」が、三人が一緒にいるための根拠にもなっていた。つまりその蒼が家を出るということは、三人の暮らしを根底から不確かなものにしてしまうことを意味するのだった。

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 将来への不安からどんどんちぐはぐになっていくヒロの心を、それでも「お店の惣菜を作る」という日常と、晴太の明るさ、そして常連さんたちの思いやりが繋ぎ止める。一方、いつもと変わらないようにみえる晴太にしても内心は動揺しており、突然お皿を割ってしまったりもする。蒼の放った一撃は、三人の暮らしが実は繊細なバランスの上に成り立っていたことを明らかにし、三人が細心の注意で「見ないこと」にしていた現実をいやおうなしにつきつけるものだったのだ。

 だが彼らは、それぞれ「見ないことにしていたこと」にきちんと向き合うことで、あらためて「自分」を発見していく。心の傷にきちんと向き合い、それでも健気に「三人の明日」を紡いでいこうとする姿は、一生懸命で、せつなくていとおしい。

 たとえ「つぎはぎ」であっても、彼らはちゃんとした「家族」にほかならない。孤独な人が増えていくといわれる社会の中で、人と人はちゃんとつながっていける――そう信じさせてくれる物語。おだやかにゆっくりと繊細に、心に沁みてくることだろう。

文=荒井理恵

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