パンデミックから核戦争、そして宇宙人侵略まで。世界の民間防衛マニュアルから見えてくる意外なこととは

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公開日:2023/1/31

世界の終わり防衛マニュアル図鑑
世界の終わり防衛マニュアル図鑑』(タラス・ヤング:著、竹花秀春:訳/日経ナショナルジオグラフィック)

 イギリスの作家、レイモンド・ブリックスが1982年に発表した『風が吹くとき』というコミックがある。時代は冷戦期、イギリスの田舎で暮らしていた老夫婦は第三次世界大戦が始まったことを知り、核ミサイルの攻撃から身を守るべく、政府が発行したマニュアルをもとに準備を始める。本作はアニメ化され、1987年には日本でも同タイトルで公開されている。この作品で夫婦が参考にしていた政府発行の民間防衛マニュアルは、実際に1970年代にイギリス政府が策定した『Protect and Survive(命を守り、生き残る)』を参考にしている。

 タラス・ヤング『世界の終わり防衛マニュアル図鑑』(竹花秀春:訳/日経ナショナルジオグラフィック)は、20世紀を通じて、戦争や自然災害、パンデミックから宇宙人侵略といったさまざまな危機に備えた世界の民間防衛マニュアルを集めた一冊。

 本書によると、この『Protect and Survive(命を守り、生き残る)』は核攻撃の際にイギリス政府からの国民に向けてのアドバイスであったが、マスコミにリークされ国民の大半から物笑いの種にされてしまったという。核攻撃から身を守るために作成されたこのマニュアルだったが、当時すでに核戦争から身を守る術がなく、その脅威の理不尽さを知っていた人々は、このマニュアルを政権による危機対策の単なるポーズと受け止めて批判し、馬鹿にしたのである。こうして冷戦終結の1991年を迎えるまで、各国政府から核戦争に関する民間防衛マニュアルの発行はなかったという。

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 政府が発行する民間防衛マニュアルは、国民の生命を守るために冊子やポスター、広告など様々な媒体を活用して、危機に対して正しい行動のアドバイスをしているものである。そのマニュアルは当然多くの人々が理解できなければならず、それにはわかりやすさが重要となってくる。

 例えば1950年代の核攻撃に備えるマニュアルには、核兵器の仕組みや、放射性降下物、シェルターの建設モデルなど事細かに記載されていたが、1980年代までにはこうした細かな説明は大幅に省略され、市民が取るべき行動が順を追って書かれていくだけになった。また、デザインやシンボルなども重要な役割を果たし、魅力的なデザインのマニュアルは取っておいてもらえ、政府機関がよく使用する印象をもつ書体やシンボルには情報としての権威が与えられる。マニュアルはデザインやレイアウトに気を配ることで、理解しやすく行動を起こしやすいものになるという。

 そして世界の民間防衛マニュアルからはもう一つの側面が見えてくる。政府が国民に伝える内容も、国家体制やイデオロギーによって異なるのである。

 西欧の民主主義国家が作成したマニュアルは、個人の行動に重きを置き、国家の存在を示す要素はほとんどない。しかし一方で社会主義国で作られたマニュアルは、個人ではなく共同体の安全と存続に焦点が当てられ、人々が屋外で社会のために協力している様子が描かれる。プロパガンダと思える社会主義国のマニュアルだが、先述の『Protect and Survive(命を守り、生き残る)』といった例に見られるように、民主主義国家でも“民間防衛マニュアルを作成する”という行為自体が政治行動として受け止められてしまうのだ。

 民間防衛マニュアルから見えてくるものは思いのほか深く、また災害から生きのびるための効果的な方法の周知方法について各国の試行錯誤の歴史が見えてきて面白い。

文=すずきたけし

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