身代わりの「レプリカ」に生まれた本物の恋心 電撃小説大賞発の青春ラブストーリー!

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/10

レプリカだって、恋をする。
レプリカだって、恋をする。』(榛名丼/KADOKAWA)

 仕事をするのが億劫な日や、体調が思わしくない時。誰かが自分の代わりに動いてくれないかと、現実逃避的な妄想に逃げ込むことがある。もちろんそんな都合のよい存在がいるはずはない。けれども、もし自分と同じ姿形をした分身がある日突然現れたら……?

 第29回電撃小説大賞《大賞》を受賞した榛名丼氏の『レプリカだって、恋をする。』(KADOKAWA)は、身代わりとして生み出された「レプリカ」を主人公にした青春ラブストーリーだ。自分そっくりのドッペルゲンガーという設定は、古くから人々の関心を引いてきたテーマであり、それ自体は目新しいものではない。しかしながら分身側を主人公に据えた作品は斬新で、独創的な設定で描かれたみずみずしい物語は忘れがたい読後感を残す。

 小説の語り手は、愛川素直という少女が7歳の頃に生み出したナオ。セカンドと名付けられた彼女は、素直と瓜二つの外見を持つ。生理でだるい時や定期試験の日など、学校に行くのが億劫な時にナオは呼び出され、素直のふりをして身代わりを務めている。本物の都合で出現し、役目が済んだらすぐに消される、オリジナルのために働くだけの不自由なレプリカ。素直から邪険に扱われながらも、それでもナオは彼女の役に立とうと必死に頑張っていた。

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 そんな日々は、バスケ部の元エース・真田秋也と関わり始めることで変わりだす。素直とは異なり読書が好きなナオは、部員が後輩の広中律子しかいないふたりだけの文芸部で部長を務めていた。その部室に怪我が原因でバスケ部を退部した秋也が現れ、入部を申し込んできたのだ。ナオは少しずつ秋也に恋をして、素直と見分けてもらうために髪型をハーフアップに変える。別な存在として見てもらえることに喜びを見出すものの、彼女はあくまで素直のレプリカでしかなく……。

 

主人公はレプリカであるがゆえに自由に出歩くこともできず、素直に呼び出されない限りは秋也と言葉を交わすことすらままならない。会いたくても会えないジレンマがなんとも切なく、それゆえに秋也とともに過ごすかけがえのない時間はより一層特別なものとなり、濃密なドラマが生まれていく。

 恋のときめきを繊細な筆致で描く物語には、胸がきゅんとするエピソードの数々が登場する。中でもとりわけ印象深いのが、ふたりだけで出かけた遠足の場面。学校行事の遠足には素直が参加したため行けなかったナオは、別の日に素直に内緒で学校をサボり、秋也とふたりだけで動物園に出かける。等身大の高校生の何気ない日常が、レプリカの視点を通じて語られることで、宝物のような輝きを帯びるのだ。

 作中では、素直とナオの緊張感をはらんだ関係や、文芸部の後輩・広中律子との友情などにも光が当てられ、高い筆力に裏打ちされた少年少女の丁寧かつ繊細な心理描写が本作の大きな魅力だ。また、物語は静岡にある海辺の街を舞台にしており、二人が出かける日本平動物園をはじめ、実在する街並みの風景を切り取った物語としても面白い。ページをめくり終えた後に爽やかな読後感を残す、まぶしい夏の日差しに彩られた青春小説である。

文=嵯峨景子

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