“音楽の年越しソバ”『第九』を読みとく

小説・エッセイ

2012/12/24

第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:趣味・実用・カルチャー 購入元:BookLive!
著者名:中川右介 価格:756円

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今年も第九の季節がやってきた。12月、在京8オーケストラの第九演奏会は計32回、在阪や札幌、仙台、群馬などの地方オーケストラを含めれば約50回。また全国のアマチュアオーケストラの演奏を加えれば、その回数はさらに増える。「紅白、第九に有馬記念」。第九を聴かなきゃ年を越せない、第九は音楽の年越しソバ。その第九が初演(1824年5月7日、ウィーン)されてから約200年。本書は、ベートーヴェンの九番目の交響曲が、どのようにして人類の遺産と呼ばれる今日の第九になったのか、第九200年の歴史だ。

本書冒頭にベートーヴェンの音楽あるいは第九に関する3人の指揮者の言葉が紹介されている。「(ベートーヴェンの作品が)共同体形成の最大の力を宿している」という言葉を残しているのは、20世紀最高の指揮者とされるフルトヴェングラーだ。とくにナチスドイツの時代、ドイツ民族・文化の優位性を誇示し、ナショナリズムを煽り、すべてをナチスドイツに束ねる「共同体形成の最大の力」を喚起する音楽として第九はあった。1942年4月19日、ヒトラー誕生日前日に演奏された第九(指揮者はフルトヴェングラー)はそれを象徴する演奏会だった。

「共同体形成の力」とは人を同じ方向に向かせる力だ。ナチスの時代、第九の「抱き合え、百千万の人々よ」「あらゆる人間は兄弟になる」という「歓喜の歌」は、ヒトラー讃歌、ファシズム大行進曲でもあったのだ。どうして第九なのか。「共同体形成の力」といった第九が内包する力のほかに、「祝祭的な規模と雰囲気は、厳粛な雰囲気を漂わせる一方で、狂気に近い喧騒があり、大イベントを盛り上げるのに適していた」(第4章から)。だから第九は、時の権力者によって、都合のいいように意味づけられ利用されてきた。日本でも同じだ。太平洋戦争中の1943年12月には奏楽堂(当時東京音楽学校講堂)で、また1944年8月6日には東京帝国大学で、いずれも出陣学徒壮行に第九が演奏され、「歓喜の歌」は死への行進曲だった。時代は戦前から戦後へ。凱旋、民族統一、国威発揚、ファシズム讃歌など負の歴史も背負った第九は、世界平和、人類愛、自由平等のメッセージを伝える特別な音楽、第九になった(2001年、プロイセン国王に献呈された「第九」の楽譜<ベルリン国立図書館所蔵>が世界記録遺産に指定されている。第6章より)。

日本で暮れに演奏される第九の意味はなんだろう。その始まりは1938年12月26日、27日の新交響楽団(現NHK交響楽団の前身)による演奏会という。本書でとくにナチス時代の第九を知ると、みんなで歌って聴いて、人はひとりじゃないよ、みんな一緒、安易な協調主義、換言すれば共生感の押し付け、「日本第九共同体」に一元化され、従属されてしまうようで、どこか拒みたい気もする。しかし一方、音楽はすべての人々のもの。この12月だけは、特別な音楽、第九から解放されて、だれでも歌って聴く(演奏もする)開かれたあり方は、権力者によって歪められた時代の第九から一番遠いところにある、市民主義者ベートーヴェンの精神にかなっているようにも思える。

本書は、第九200年の歴史だけではなく、音楽のありかたを考えさせてくれる一冊。また第九の演奏をめぐる音楽家たちの第九模様でもある。本書に紹介の戦後再開されたバイロイト音楽祭でのフルトヴェングラーとカラヤンの確執は、「人間みな兄弟」の第九精神そっちのけの低次元。本書「おわりに」に次のように書かれている。『「第九」が歴史にどう翻弄されてきたかを描くつもりだったのだが、(中略)翻弄されたのは「第九」ではなく、それを演奏する者、聴いていた人々のほうだったように思う』。第九は「極星」のように動かず。今年の暮れは第九を読もう。


本書冒頭に置かれたベートーヴェンの音楽、第九に関する3人の指揮者の言葉。ワインガルトナー、フルトヴェングラーと、もうひとりはカラヤン。カラヤンの言葉は本書で

第九出版当時(1826年)、番号表示はなく、その名称は「シラー作、頌歌<歓喜に寄す>を終末合唱にした、大管弦楽、四声の独唱、四声の合唱のために作曲され、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム三世陛下に(中略)奉呈された交響曲、作品百二十五」(第1章)

1846年4月5日、ワーグナーの指揮で演奏された第九のポスター。すでに第九と番号で呼ばれている。ワーグナーは1870年、ベートーヴェン生誕100年に、第九をドイツ精神の象徴と意味づけた論文を書く(第3章)

ヒトラー誕生日前日(1942年4月19日)に演奏された第九のライブ。特別な状況で演奏された音楽は、特別な興奮、歴史的名演を生む。それはクラシックもロックも同じ(第5章)

1989年は民主革命の年。プラハでのビロード革命時に、そして壁が崩壊したベルリンではクリスマスに、全世界の人々へ連帯のメッセージとして第九が演奏された(第6章)
(C)中川右介/幻冬舎