《メディアワークス文庫賞》受賞! 生と死と、別れと愛のオムニバス『さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ』

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/25

さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ
さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ』(塩瀬まき/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 就職活動が連戦連敗の末、佐倉至がようやく採用された会社は「賽の河原株式会社」。その業務内容とは、三途の川を渡る人々を乗せる舟の船頭というものだった。乗客はもちろん死者である。さまざまに事情をかかえた“お客様”と至は出会い、彼らが無事に川を渡れるよう奔走する――。

 応募総数4,128作品。日本最大級の小説新人賞「電撃小説大賞」の本年度、第29回で《メディアワークス文庫賞》を受賞した『さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ』(塩瀬まき/メディアワークス文庫 /KADOKAWA)。

 人は死ぬと、この世である“此岸”を離れ、あの世の“彼岸”へ旅立つと言われている。その死出の旅路のスタートラインとなる三途の川の渡し船の役目は、政府主導のもと秘密裏に霊感を持つ者たちによって行われている……という設定が奇抜かつ秀逸だ。

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 主人公の至は、生まれながらの特殊能力である霊感能力を活かし、船頭見習いとして奮闘している。とはいえ、亡者の中にはすんなりと三途の川を渡ってくれない者もいる。

 賽の河原で石を積む子どもたちを、冷めた目で見ている少女・朝(とも)。わずか8歳で亡くなった彼女は、とうに川を渡る許可を得ているのに、舟に乗るのを頑なに拒んでいる。それはこの世に未練があるからか? だとしたら一体どんな? 至は、朝が訴える「どうしてもたしかめたいこと」を彼女と共にたしかめようとする(第一話「石崩し」)。

 続く第二話(「すがり水」)に登場する亡者は、三途の川の運賃である六文銭を持たない中年男・善治だ。この場合の六文銭とはお金に限らない。故人を悼んで誰か――家族や友人、恋人などの親しい人――が供養をしてくれると、死者への供物がそのまま渡り賃となる。家族とは長年音信不通、孤立した人生を送ってきたかに見えた善治だが、3ヶ月前に風俗店で知り合った外国人女性と結婚していたことが判明。もしやこれは偽装結婚では……?

 朝も善治も、三途の川をすんなりと渡ることのできない事情を持っている。

 児童虐待、社会の格差、外国人の就労差別など、切実な問題が各エピソードの中に織り込まれている。それらの一つ一つに至は向き合い、傷つき、打ちのめされ、成長してゆく。

 そんな彼を厳しく、あたりも強く、だけど根気よく指導する先輩船頭の終一と、たおやかな事務員の千景。そして掴みどころのない上司の菊田と、主人公を囲む会社の面々は個性豊かで魅力的で、テンポのいい掛け合いに、思わずくすりとさせられる。

 最終話(第三話「ねがい花」)では至と終一、そして千景のそれぞれが秘めている謎が徐々に解きほぐされ、彼らがなぜ「賽の河原株式会社」に集ったのか、そしてなぜ出会ったのかが鮮やかに明かされる。

 けっして口当たりがいいだけの物語ではない。亡者たちのすべてが笑顔で彼岸へ渡ることが叶っているわけでもない。それでも至はこの仕事に就けたことを誇りとし、一人前の船頭になろうという思いを固める。そこに行き着くまでの葛藤が筆を尽くして描かれているからこそ、彼のその決意に胸を打たれる。

 一風変わった“お仕事小説”であり、主人公の成長物語であり、死をとおして生きることを見つめている作品だ。

文=皆川ちか

◆『さよなら、誰にも愛されなかった者たちへ』詳細ページ
https://mwbunko.com/special/dareai/

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