ゴリラが人間相手に裁判を起こす!? 「人間とは」「命の価値とは」に向き合うメフィスト賞受賞作『ゴリラ裁判の日』

文芸・カルチャー

更新日:2023/3/21

ゴリラ裁判の日
ゴリラ裁判の日』(須藤古都離/講談社)

 これまで森博嗣さん、西尾維新さん、辻村深月さんといった異才を世に送り出してきた公募新人賞「メフィスト賞」。近年は、現役弁護士でもある五十嵐律人さん、『方舟』が話題の夕木春央さんなど新たなスターも続々輩出しており、ますます注目度が高まっている。

 この賞の特徴は、編集者がすべての応募作を読み、受賞作を直接選んでいること。誰かひとりでも「この作品を本にしたい!」と思えば受賞もあり得るため、バキバキに尖った作品が選ばれやすい賞ともいえる。

 そんなメフィスト賞から、またもや規格外の作品が誕生してしまった。その名も『ゴリラ裁判の日』(須藤古都離/講談社)。「ゴリラ裁判? ゴリラの密猟か何かについて法廷で争うのか?」と思いきや、まさかの原告 is ゴリラ。人語を解するゴリラが、人間相手に裁判を起こすというのだから、もうガッチリ心をつかまれてしまう。

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 主人公のローズは、カメルーン生まれのニシローランドゴリラ。幼い頃から、研究所で人間の言葉を教えられ、手話を使って会話もできる知能の高いゴリラだ。やがてアメリカの動物園で暮らし始めたローズは、オスゴリラのオマリと夫婦になる。そんなある日、動物園を訪れた子どもがゴリラエリアに転落し、その子の命を守るべくオマリが銃殺されてしまう。夫の死を受け入れられないローズは、動物園を相手取り、裁判を起こすことに。だが、陪審員たちは「ゴリラより人間の命の方が大事」と考えたため、ローズは敗訴。「正義は人間に支配されている」と憤る彼女は、さらなる闘いを決意する。

 と、ここまでのあらすじを読むと、荒唐無稽なトンデモ話に思えるかもしれない。だが、作中でローズの生い立ち、カメルーンで過ごした日々、その胸中がひもとかれるにつれ、彼女の存在がどんどん真に迫ってくるから面白い。

 動物園などでゴリラをじっと眺めていると、哲学者のように思慮深い表情、泰然としたたたずまいに魅入られることがあるだろう。ローズの描写からも、そういったゴリラの気高さや風格が感じられる。そのうえ、子どものように無邪気にはしゃいだり、機知に富んだジョークを飛ばしたり、人間に恋バナを打ち明けたり、下品な悪態を手話で表現したりと、いろいろな顔を見せてくれるのだから、彼女のことを好きにならずにいられない。というか、もはや気心の知れた友達と接しているような気持ちになっていく。本来は一夫多妻制なのに、気になるオスが他のメスと一緒にいるのを見て嫉妬したり、ところかまわず脱糞するのを恥じたりする“ゴリラ離れ”したローズを見ていると、ふと「人間とゴリラを隔てるものは何だろう」と考えてしまう。

 こうなると、読者はもう著者の術中にはまったも同然だ。一度は敗訴したものの諦めずに戦うローズの心意気、彼女を支える弁護士の弁舌に、まんまと引き込まれてしまう。白黒はっきりつけるリーガルミステリーでありながら、深い余韻が残るのも本書の持ち味だ。ページを閉じたあとも、「人権とは」「自由と尊厳とは」「命の価値とは」「多様性とは」といった答えの出ない問いについて、ぐるぐる考えずにいられない。

 2016年、アメリカでは同様のケース「ハランベ事件」が起きたという(といってもゴリラは裁判を起こさなかったが)。『ゴリラ裁判の日』は、この事件を下敷きにしつつも、思いもよらない景色を見せてくれる作品だ。翻訳ミステリーのような文体も舞台やテーマと合っていて、文章がすっと心に入ってくる。この著者が次はどんな世界を見せてくれるのか、早くも次回作が待ち遠しい、と考えていたら、2023年夏ごろ、第2作『無限の月』が発売予定だという。すでに冒頭部分の先行公開がされているようなので、こちらも楽しみだ。

▼第2作『無限の月』冒頭試し読み
https://tree-novel.com/works/episode/f518da12c7164ca4b159962f9f460055.html

文=野本由起

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