伊藤計劃・円城塔が仕掛けた途方もない巨大な物語

小説・エッセイ

公開日:2013/1/23

屍者の帝国

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 河出書房新社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:伊藤計劃 価格:1,620円

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思えば、それ自体が物語のようだった。

『虐殺器官』、『ハーモニー』といった作品で多くの読者に衝撃をあたえた小説家、伊藤計劃。34歳の若さで亡くなってしまった彼の遺稿わずか30枚を、同時代のSF作家であり、彼の親友でもある円城塔がつづきを書く。このニュースが流れたのは円城塔が芥川賞を受賞した日のことだ。円城塔自らがその続きを手がけることを宣言したのである。

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伊藤計劃の意志を円城塔が継ぐ。そんな期待感の中、『屍者の帝国』の1ページ目を開いた。待っていたのは、途方も無いほど壮大な世界観のエンターテイメント作品だった。

舞台は、19世紀末。世界は死体にとあるコードを書き込むことによって、身体を動かすことができる“屍者”というシステムが普及した世界。主人公の医学生ワトソンは英国諜報員にとあるきっかけからスカウトされ、アフガニスタン奥地に向かうことになる。しかし、そこに待ち受けていたのは、アレクセイ・カラマーゾフの統率する“屍者の帝国”だった…。

そう、この小説には、様々な創作作品のキャラクターたちが登場する。主人公のワトソンとは当然シャーロック・ホームズの相棒であるワトソンで、カラマーゾフとは当然ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の主人公だ。他にも、ユリシーズ、ナイチンゲール、フランケンシュタイン、楠本イネ…19世紀の世界観に合わせた古今東西の有名キャラクターたちが集まり、無数の“屍者”をめぐって活躍するSF作品なのだ。

正直、最初は不安だった。伊藤計劃と円城塔、ふたりのSF作品はテーマや世界観など多くつながるが、その見せ方、アプローチの仕方はほとんど対称的だと言っていい。伊藤計劃は、細かいシステムやガジェットの設定を余すことなくふんだんに盛り込み、徹底的に描写することで、壮大な世界観が浮き上がるような描き方で物語を作り上げていった。一方、円城塔は、物語の設定そのものを思考し、疑いながら、ひとつひとつ手探りで、言葉を拾い集めるようにして精緻に組み立てていくような作り方をしている。果たして、たった30枚ながらも骨太なエンターテイメントの予感を孕んでいた伊藤計劃の『屍者の帝国』の続きを、円城塔がそっくりそのままの勢いで引き継ぐことは可能なのだろうか…。

心配は無用だった。円城塔は、あくまで精緻な文章の持ち味はそのままに、屍者と生者がさまよい続ける世界観を描いた。舞台は、ロンドン、アフガニスタン、日本と世界各地を飛び交い、非常にアクの強いキャラクターたちが縦横無尽に駆け巡り、“屍者”をめぐる様々な謎が読み手を翻弄し、最後に暴かれる物語の核心には圧倒的な衝撃を受けさせられる。

さらに、物語の中には円城塔特有の考え方や発想が細かい網の目のように組み込まれており、ひとつひとつの文章がこちらに思考させ、想像させることをやめさせない。そうやって読んでいった先には、“この物語そのものが一体何によって生まれたのか”、“そもそも物語とは一体何なのか”、“物語をなぜ私たちは必要とするのか”、そんなことを考えずにはいられなくなる。そこには、伊藤計劃が築き、円城塔が深めた「物語」そのものの可能性、ひいては「言葉」そのものの可能性が根付いており、読み手もこの物語を読んでしまった以上、無視することはできない。わたしたちもまた、この『屍者の帝国』という物語から、「目を開く」ことになるのだ。


屍者と生者の違いとは?

舞台はロンドン、アフガニスタン、日本、さらに…

フランケンシュタインとは何者なのか?

文字、言葉についての円城塔独特の考察がみられる

なぜ私たちは物語を手にするのか?