21世紀、世界に誇るべき日本文学の金字塔

小説・エッセイ

更新日:2013/1/24

東京プリズン

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 河出書房新社
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著者名:赤坂真理 価格:1,566円

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「著者の最高傑作」というコピーはよく見かけるが、この作品は、毎日出版文化賞と司馬遼太郎賞を受賞し、ダ・カーポのBook of the Yearにも選ばれた、正真正銘、21世紀の日本文芸界の最高傑作のひとつと言える。

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タイトルから、また数々の紙誌書評により、この作品が戦後史―特にある種社会的タブーである天皇の戦争責任に触れていることはもはやよく知られている。著者の勇気、あるいは職業的責任感には私も感銘を受けた。が、“女性作家が天皇制について書いた”ことばかりがあまりにも取り上げられすぎているような気がする。批評を生業にしている人のなかにさえ、「天皇の降伏」という言葉に脳がフリーズしてしまったかのような文章を書いた人もいる。

この作品の素晴らしいところは、文学にしかできない表現に徹したところだ。主人公の意識の流れを緻密に描写するという手法。だから明晰夢が回想につながり、回想のなかで主人公は過去の自分と対話する。これは映画にはできない。マンガにもできない。文字だけを媒介にした小説という表現でしかできないことだ。だから「文学」なのだ。

メイン州のハイスクールに留学した16歳のマリと、日本に住み母親との距離感に漠然とした苛立ちを感じている45歳の作家という2人の「私」の間で時間も場所もころころと変化する。また、ガルシア・マルケスを彷彿する幻想的な場面がしばしば出てくる。そのため、ストーリー進行だけを求める人々は突き放されたように難解に感じるかもしれない。天皇の戦争責任について追求したい人は、肩すかしを食らったように感じるかもしれない。しかし、それらの評はこの小説の本質を読み込んでいない。

また、主人公の意識の流れを忠実に追うために、それぞれで論文が書けるほどの恐るべき量のテーマとトリビアが詰め込まれている。日本戦後史、近現代アメリカ史、とりわけベトナム戦争、キリスト教、バブル経済、絶え間なく変わりつづける東京、翻訳語で失われる言葉の特有な意味、母娘という他人、ジェンダー、ディベート…。だからこの小説を理解するにはある程度の知識と時間を要するだろう。しかし、それだけのテーマが一作に織り込まれていることこそがこの作品を奇跡的なものにしているのであるし、それは学術論文ではなく小説にしかできないことだ。だからこそ、この小説は読まれるべきなのではないか。


「神の身体を食べ、神と一体化する」ことはキリスト教のミサでは日常的に行われている儀式だ。そして著者は殺されてゆく獣にキリストと同じ台詞を言わせている

想像のなかで「私」は「私の母」にもなれる。さらに小説という手段を使えば、失われた過去の風景のなかを旅し、描写することもできると著者は証明してみせた

そう、習ってないんです。天皇の降伏、という言葉に一瞬ぎょっとしてしまうほど、私たちが飼い馴らされてきたことも露わにされた。そりゃフリーズした人も多かったことでしょう
(C)赤坂真理/河出書房新社