ちょっと困るくらい笑っちゃう文体・顔面模倣の達人の書
更新日:2013/2/4
「我輩は本人である」という本が伸坊さんにあった気がして調べたら、なかった。ないのにある気がして仕方がない。それくらい伸坊さんは「本人」なのだ。よく分からないが。
そのかわり『歴史上の本人』という本なら見つかった。見つかったとたん、前に読んでたことを思い出した。うかつなことである。
『歴史上の本人』は、伸坊氏が日本史に登場する有名な人物に扮装し、ゆかりの地に旅することで、本人が本人の偉大さを再発見するという、実にフザケタ書物であった。その意味では、本書も相当にフザケテいる。
タレント、政治家、芸術家など、現代の日本に活躍する人々本人になったつもりでコメント原稿を書き、その上、本人そっくりの顔面仮装を施して1枚写真をパッチリ。という趣向なのである。
文学の世界に、パスティーシュという手法がある。文体をまねて贋作じみた小説を書いてしまうのである。これは決してズッコイおこないではない。オマージュのある種の表現なのである。だが愛と憎しみは紙一重だ。憎くて憎くて、揶揄するために文体模倣することだってある。つまり模倣は、批評性を身ごもっているということだ。
本書『本人伝説』にも深い批評性が潜んでいる。いかにも本人が言いそうな台詞が書き並べられ、あまりにもそっくりな顔面模倣が読者を待ち構えていて、ちょっと困るくらい笑ってしまうので、深い批評性というより、浅い無思想性だろうと勘ぐる人がいるかもしれないが、批評というのは他者を客観化することなのでついつい笑いの領域に踏み込んでいくものなのである。
それにしても「本人術」と伸坊氏が呼ぶ、こうした他者への憑依、他人に変化して本人になってしまう術は、すごい。本当におかしい。なんで人の顔なんかがこんなにおかしいのか、じっくり考えてると時間が経つので、考えずに笑おう。
アラーキーのコメント
そしてその写真
糸井重里のコメント
そしてその写真