鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番不思議なものは? 近代文明人を駆り立てる“一心教”!? の正体

RC100

2013/2/10

ふしぎなキリスト教

ハード : PC/iPhone/Android 発売元 : 講談社
ジャンル: 購入元:BookLive!
著者名:橋爪大三郎 価格:756円

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鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番美しいものは? それは「かがみ」から「が」を除いたものだよ…。
鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番醜いものは? それは「かがみ」の中心に立ちたがるものだよ…。

読後、こんな白雪姫風の台詞が浮かんだのです。
「かみ」と「かがみ」と「が(我)」の饗宴(鏡縁)。
その恍惚の鏡を巡る「神々(神・我・見)の闘争」。
これこそ、グローバル西洋文明を駆り立ててきた「キリスト教の正体」(主の招待)なのです。

毎日、鏡の前で身嗜みをするプチ西欧人!? の私達。その心情は【他人に不快感を与えないように、言動や服装を整えること、その心掛け】という意味とは、違ったものになっていないでしょうか?

一心不乱に陶酔し、何かに取り憑かれたように。
他者を排斥してでも、自分が一番見栄えるように。
一番美しくなければ許せない白雪姫王妃のように。

その姿は「(一)(心)不乱(教)信者」そのもの。

鏡の奥に映るもの(神)の唯一かつ全知全能性。
鏡を覗くもの(人間)の理不尽な試練ゆえの信仰。
矛盾を一貫に昇華する「神」と「人間」の特異点。

こうした、「かみ」と「かがみ」と「が(我)」の狂おしい饗宴(鏡縁)を共進したキリスト教が、近代西洋文明、近代グローバル資本主義を席巻する背景になった正体(主の招待)のようなのです。

毎日、鏡の前で身嗜みする日本人も、キリスト教の根っこを理解しないと、現代の資本主義、科学技術、民主主義、市場経済がわからない。もちろん、グローバル・ビジネスでもつまずきつづけてしまう。そんな危機感から、2人の社会学者が、ユダヤ教の起源からキリスト教が西洋文明に及ぼした影響を解説します。

各所書評は賛否両論が多出のようですが、これも”一中心(主)”に向かう過程で、闘争を好む戦争神(ヤハウェ)の仕業なのかもしれません。

キリスト教を知らない人にとっても、宗教社会学の歴史を学びたい人にとっても、神と人間の矛盾に満ちた「神々(神・我・見)の闘争」のふしぎな鏡像関係を味わう書として佳いと思いました。


キリスト教は、「主なる神(GOD)」を抱き、「主よ」と祈り、「主体」「主語」「主義」「主張」「主題」「主権」を発展させてきた宗教。「(主語がないけど)あなたが好きです」「うちの主人は、威厳がなくて」。「お客様は神様です」…。どうりで「主神」より「客神」を抱く日本人には理解しにくいはずなのです。

全知全能の神がつくった世界に、なぜ悪があるかのか、イエスは神なのか人なのか? などなど、問いは興味をそそります。しかしその回答は、多神教の日本人には矛盾に満ちたもので、深みにはまります。まるで、地動説や物質の二重性(粒子と波動)を初めて発見した時の混乱に似ている。

平面や歪みのない空間であるユークリッド幾何学では、平行線は交わらない(第五公準)が、牧師の息子であったリーマンは、歪んだ空間の非ユークリッド幾何学のひとつであるリーマン幾何学を構想し、平行線は交わることを証した。「キリストは、神の子で、かつ、人の子であることが両立する世界がある」ことを知っていた牧師の息子のリーマンには、当然の帰結、と佐藤優が語っていたのを聞いた事が有る。深い。

抗議者の意プロテスタントの二派、カルヴァン主義は、ラテン語で「ソラ・スクリプトラ」(聖書のみ主義)。ルター主義は、「ソラ・フィデ」(信仰のみ主義)。この「…のみ主義」が、強い社会改革運動を駆動する反面、厳密排他性をも発揮するのだと思う。これは、唯一絶対神の仕業か。「ソラ、みたことか」…。

12/24X’masイヴに恋人と盛り上がり(キリスト教)、そのわずか一週間後の12/31にゆく年来る年で除夜の鐘を聞き(仏教)、1/1に神様にお参りする(神道)。日本人は、何のこだわりもないというより、多神教という習慣が染み付いているのである。
(C) 大澤真幸、橋爪大三郎/講談社