「子どもを自宅に留守番させて外出すること」は虐待?研究者2人が、現代の社会問題を「親学」からひもとく『宗教右派とフェミニズム』

社会

公開日:2023/11/20

宗教右派とフェミニズム
宗教右派とフェミニズム』(山口智美、斉藤正美、津田大介/青弓社)

「子どもを自宅に留守番させて外出すること」「子どもだけで公園で遊ぶこと」などを虐待にあたるとし、大きな波紋を呼んだ埼玉県の虐待禁止条例改正案。反対意見が相次ぎ採決直前に撤回になったが、この改正案に対しては、

「共働きやひとり親家庭の実情が考慮されていないのではないか」
「こうした条例改正を行う以前に、子育て家庭への支援を強化すべきなのではないか」
「なぜ埼玉県の自民党議員団からこのような条例改正案が出されたのか」

 といった憤りや疑問を感じた人も多いだろう。そして、この問題の背景を読み解く上で有用な書籍として改めて話題になったのが、2023年8月に刊行した書籍『宗教右派とフェミニズム』(山口智美、斉藤正美/青弓社)だ。

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 本書は、「ジェンダー」「セクシュアリティ」「家族」などをめぐる政治と、宗教右派(保守的思想に基づいて政治活動を行う宗教団体)との関連をまとめた内容。刊行のきっかけは、2022年7月8日に発生した安倍晋三元首相の銃撃事件と、その後の旧統一教会に関する報道の過熱だ。

 銃撃事件以降、「宗教と政治」の関係はメディアで広く報じられたが、本書はそこで欠落していた「統一教会が2000年代はじめに特に盛んになった、フェミニズムや男女共同参画への反動(バックラッシュ)の動きの中心的な団体だった」という実態などを詳述。安倍政権以前のバックラッシュについても振り返っている。

 なお埼玉県の虐待禁止条例改正案は、特に宗教団体との関連が報じられたわけではない。しかし、自民党などの右派政治家と宗教右派が「家族」をどう捉えており、どんな社会運動を行ってきたのかが分かると、埼玉県の虐待禁止条例改正案の問題を読み解く解像度が上がるのだ。

埼玉県でも広がっていた「親学」の考え方とは?

 本書『宗教右派とフェミニズム』には、条例の舞台となった埼玉県も登場している。

 第2部1章の「第一次安倍政権以降のジェンダー、セクシュアリティ、家族をめぐる政策と宗教右派」では、埼玉県が家庭教育の「先進県」であり、その推進に親学(おやがく)関係者が深く関わってきたことが記されている。

 なお親学とは、何百年も昔からある思想や学問ではない。2006年の改正教育基本法で第十条「家庭教育」が新設されるのを見据えて準備された考え方だ。どんな内容なのかというと、

・教育の原点は家庭や親にあるとする
・親や家庭、地域の教育力が不足しているという前提のもと、「親のための学び」「親になるための学び」を推進する
・母性と父性の役割を明確にする
・「脳科学」も重視しながら「伝統的子育て」を推奨する

 などの特徴を持っているという。

 こう列挙すると、「今の時代、父性や母性を強調するのは、ジェンダーの観点から問題ではないか」「古い家庭観や教育観の押し付けではないか」と感じる人も多いだろう。一方でジェンダーの問題や子育ての在り方に関心が薄い人の場合は、「若い人に日本らしい親の在り方を教えるのは良いことじゃないか」と感じるかもしれない。

 実際、親学の思想は何から何までおかしいわけではない。本書も「親学」「親の学習」「親学び」などの全国各地で行われるプログラムについて、「すべてに問題があるともいえない」としており、その上で下記のような記述が続いている。

だが、改正教育基本法に基づく「家庭教育」プログラムでは、教育の責任を家庭に負わせることにもつながり、困難を抱えている親をかえって追い込むことにもなりかねない。また、「家庭教育」プログラムや冊子のなかには、あるべき親の姿や特定の価値観の押し付けにつながる内容を含んでいることも批判されている。(中略)また、現在行われている啓発中心の施策が、実際に困難を抱え支援を必要としている人にそもそも届くのか、役に立つのかという問題もある。

『宗教右派とフェミニズム』より引用

 埼玉県の虐待禁止条例改正案も、まさにこの引用文と近い懸念が感じられるもの、といえないだろうか。

「自助」ばかりを求める思想の源流は?

 本書『宗教右派とフェミニズム』によると、こうした右派の家族観は、自民党による憲法改正草案にもあらわれているという。その改憲草案では、個人の尊厳と両性の平等を定めた第二十四条において、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という家族保護条項が加えられている。

 このような家族観の源流にあるのは、1970年代に大平正芳首相下で打ち出された「日本型福祉社会」構想。そこでは子育てや介護を主に担うのは女性という前提が強く、「自助」が強調されている。「自助」という言葉からは、菅義偉前首相の「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして絆であります」という言葉を思い起こす人もいるだろう。

 そして「公助」より先に「自助」を置く考え方は、自己責任を重視する新自由主義の思想とも通底するものだと本書は指摘している。

 こうした右派の家族観を踏まえると、子育て家庭への支援が不十分な状態で、「子どもを自宅に留守番させて外出すること」などを虐待にあたるとする条例改正案が自由民主党議員団から出てきたことも、理解がしやすくなる……というわけだ。

 なお念のため記しておくと、本書『宗教右派とフェミニズム』は「自民党の政策は裏で旧統一教会が操っていた!」と煽るような陰謀論の本ではない。著者の2人は草の根の保守運動を長く調査・研究してきた研究者。関係者の発言や事例について出典を逐一明記する本書の体裁も、学術論文のマナーに則ったもの。ソースの明確な事実を列挙しながら、問題の背景を丁寧かつ批判的に読み解いていく内容なのだ。

 今も報道が続く旧統一教会の問題や、ジェンダー平等に逆行するような政治の動きの背景を知る上でも、本書は大きな助けになってくれるはずだ。

文=古澤誠一郎

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