法とは何か、罪とは何か。今、この時代だからこそ読まれるべき傑作誕生

小説・エッセイ

公開日:2013/3/9

ロスト・ケア

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 光文社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:はまなかあき 価格:1,296円

※最新の価格はストアでご確認ください。

児童文学や漫画原作のフィールドで活躍していた「はまなかあき」氏が、名前を漢字表記にして執筆した小説で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞、出版と同時に各所で「これは傑作!」の声があがった。その『ロスト・ケア』が単行本発売から間をおかず早々に電子化された。なお、これまでの経歴から、電子書籍のプラットフォームでは「はまなかあき」名義で登録されているところもあるので検索時には注意が必要。

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物語は、なんと43人を殺したという殺人犯に、裁判で判決が言い渡される場面から始まる。その人数に驚いていると、被害者の遺族の視点に切り替わる。その遺族は犯人の行為について怒りも憎しみもなかった。「救われた」とすら感じていた。犯人が殺したのは生活のすべてに介護が必要な老人が中心で、その介護を担う家族が破滅寸前まで追いつめられているというケースばかりだったのだ──。

検事の視点、犯人の視点、要介護者のいる家族の視点、介護サービス会社の社員の視点など、短い章がくるくる入れ替わって物語が多面的に綴られる。法とは何か、罪とは何か、救いとは何か。そんな重いテーマに、スピーディな展開と斬新な謎解き手法をからめ(事件として認知されていなかった死亡案件に事件性を見いだすくだりは驚きだ)、読者に差し出す。ただ声高に社会問題を糾弾するのではなく、それがミステリというエンターテインメントの中に上手に取り込まれ、真っ向からの主張よりよほど強く読者の胸に刺さるようになっている。趣向とテーマの融合のさせ方がこの上なく巧く、読み終わってからいつまでも世界から抜け出せない。

もうひとつ効果的なのは、事件を追う検事が経済的に恵まれており、自分の父を贅沢な介護付き老人ホームに入れられる環境にあるという設定だ。そういう環境にある検事は、介護により家族が追いつめられていくという構図が理解できない。これはただ単に検事のキャラクター設定というだけでなく、この問題は「他人事」と捉えているうちは何も解決できないという暗示でもある。介護サービスの実態も然りだ。法整備をする政府と介護の現場の乖離。生きていれば、誰にも訪れる問題であるにもかかわらず、なぜここまで「他人事」になれるのか。

ワタクシごとで恐縮だが、私自身も現在介護の中にある。本書に出てくる例ほど深刻ではないが、それでも多くの箇所で、身につまされて読むのが辛くなった。けれど同時に、自分が抱えていたことを、こうしてわかってくれる人がいる、社会に向けて小説という形で声を上げてくれる人がいるという事実がとても嬉しく、救いになったことを記しておく。

多くの人に読んでほしい、今こんな時代だからこそ読んでほしい、誰もがいつかは当事者になる話だからこそ読んでほしい傑作である。


冒頭のエピグラフは聖書からの引用。これ大事