武器はユーモア。野坂昭如夫人の明るい戦いの記録
更新日:2015/12/10
今年1月、映画監督の大島渚が亡くなった。その大島渚をかつてパーティの席上でポカリと殴り、一躍世間の注目を集めたのが『エロ事師たち』『日垂るの墓』などの作品で知られる作家・野坂昭如である。野坂と大島渚の派手な乱闘シーンは先日もくりかえし放映されたから、テレビでご覧になった方も多かろう。
しかし、野坂昭如が2003年に脳梗塞を患い、今日までリハビリ生活を送っていることはあまり知られていないかもしれない。本書『リハビリ・ダンディ』は野坂のリハビリ生活をずっと支えてきた11歳年下の妻・暘子さんが、介護の日々をありのままに綴った手記である。
突然の入院から半年、無事自宅へ帰ることはできたものの、野坂の身体にはさまざまな障害が残ってしまった。自宅でのリハビリによって少しずつ身体機能が回復してきた矢先には、転倒して右腕を骨折。さらに嚥下障害がもとで肺炎を発症してしまう。
こうした激動の日々を、陽子さんは持ち前の明るさとユーモア感覚によって、前向きに乗り切ってゆく。椅子から立ち上がる日々のトレーニングを、「野坂二等兵、はい、立ち上がって!」「そこで敬礼!」と軍隊式におこなったというエピソードをはじめとして、暗くなりがちな介護の日々を、つとめて明るく過ごそうとする暘子さんの姿がなんとも眩しい。
「深刻なことをユーモアに変える」「力の抜き具合をコントロールする」「外の空気を持ち込んで家の中を風通しよくする」といった暘子さんの介護スタイルも、多くの読者にとって傾聴すべきものであるはずだ。
もちろん、暘子さんだって不安になったり、心が弱ってしまったりすることもある。一時は介護疲れのために表情がひきつり、眠れない夜が続くこともあったという。医師や友人たちの助けによって、危機的状況から抜け出すことができた暘子さんはこう記している。「リハビリと介護はこれから先もずっと続く。ならば、せめて少しでも明るい気持ちで過ごしていこう」――。
かつて、「女は人類ではない」と発言し、物議をかもした昭和元禄のダンディ・野坂昭如。しかし当時交際していた暘子さんが「私も女性ですけど!」と詰め寄ると、野坂はしれっと「あなたは神さまです」と応じたという。
それから約半世紀。引きこもりがちな野坂の背中を、明るく後押しする暘子さんの姿を読むにつけ、野坂昭如にとって暘子さんは今も昔も神さまなのだったのだなあ、としみじみ思った。暘子さん、スゴイ。
ちなみに、野坂昭如はリハビリ中、真顔で「××××」という卑猥な単語を発し、言語療法士さんの顔をひきつらせたという。怪老人ぶりは未だ健在。巻末に収録された「野坂昭如さんへの質問」もノサカ節が全開で、ファンにはとても嬉しいものだった。
「鬼軍曹」となってトレーニングを奨励する暘子さん。ユーモラスな一幕
人生の第二幕は自分で演出する。受け身のままではもったいない
介護の日々を明るく乗り切るコツも多数掲載
野坂ファンには「野坂昭如さんへの質問」コーナーがたまらない
「毎日が妄想」野坂昭如はあいかわらず素敵だ